まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
5
光を感じて、瞼を開ける。
すると、真っ先に目に入ってきたのは真っ白な天井だった。
「……珠緒?」
次いで、こちらを覗き込む薄茶の瞳。
その目尻には、キラキラと雫が溜まっていた。
堰を失ったように、その涙はぽつりぽつりと、雨さながらに私の頬に落ちてきた。
「……………このえ…く……」
名前を呼び終わる前に、彼の細い指がこめかみ近くを滑った。
頭の傷を確かめるように、髪を幾度か梳いた後、今度はその手が頬を撫でた。
壊れ物を扱うように、優しく、そっと。
「………」
どこかぼんやりとした様子の彼は、涙をこぼしながら私に触れる。
「珠緒………。珠緒」
雨に打たれながら向かい合った時とは立場が逆転して、今度は彼が私の名前を呼び続け、
「……っ」
そのまま覆いかぶさり、顔を近づけ唇を寄せてこようとするので、慌てて手を滑り込ませて阻止した。
陶酔したような彼の瞳を見つめ返しながら、私は言った。
「あの、近衛くん?どどど、どうしたの?」
「………」
一度動きを止めた彼は、自らの唇に触れた私の手を一瞥すると、その手に自分の手を重ねる。
そして、
「っ」
するりと、恋人同士のそれのように。自然な仕草で指を絡めた。
「こっこここ」
鶏のように言葉を失くした私に向け、彼は静かに微笑んだ。
長いまつ毛に縁どられた、伏し目がちの瞳。
赤く薄い唇。
色気。色気がやばい。言っちゃ悪いが、大人なことをしていた時のまどか、そのものだ。
だからこそ、艶やかなその表情に似合わない、流れ続ける涙が余計に胸を締め付けた。
「……まどか?」
思わず名前を呼べば、夢見心地だった彼の瞳に徐々に光が蘇ってきて、
「たま……」
ぽかんと、頬に涙を伝わせたまま呟いた。
「目、覚め………」
再びぼたぼたと、涙の量を増やして私に抱き着いてきた。