まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「ぶっ」
「この馬鹿!馬鹿野郎!!」
乱暴な言葉とは裏腹に、私を抱きしめる腕はとても優しかった。
「俺を庇って前に出るなんて…、バカだ。アホッ…!!」
「それ、あなたには言われたくない」
腕に抱かれたまま、反論する。
(あなただって、私の制止も聞かずに走っていったくせに)
彼の肩に顎を乗せ、小さく唇を尖らせる。
そんなことは知らないまどかが、言葉を継いだ。
「俺の事、嫌いなんだろ。……嫌いな奴に、命をかけるなんて、……どうかしてる」
「…………」
私はちらりと、目線を彼に移した。
当然、見えるのは綺麗な首筋ばかりで、表情はうかがえなかったけれど。
か細い声は彼の心境を色濃く表しているように感じられた。
(………嫌いなわけない)
頭の中で、誰にも届かない返事をする。
(あなたに、嫌われたいわけがない)
ぐちゃぐちゃな心を落ち着かせるために、私はそっと瞼を閉じた。
命をかけることが何も惜しくないくらい、まどかが好きだ。愛している。
でも、おそらく、この恋が、愛が、実ってしまった瞬間、彼は不幸になる。
遥か昔、そうだったから。
自分の幸福よりも、まどかの幸福を望んでいる。
ならば、私がすべきことはどう考えたって一つだけなのだ。
――まどかに嫌われる。
たった、それだけ。
なのに。
「なぁ」
どうして、たったそれだけのことが。
「やっぱり、俺達どこかで、会ったことないか?」
……こんなにも難しいの。
「………」
私から少し体を離し、戸惑いの表情を浮かべて問いかけてきたまどかを、黙って見つめ返す。
話の先を待っていると思ったのか、彼は言葉を選んで続けた。