まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「目の前で見たなら、驚いたわよね。ごめんなさい。……そうよ。私、おかしいの」
手元に零れ落ちていた白髪交じりの長い髪を、きつく握りしめる。
今は薄茶と言えるほど落ち着いた色に戻ってはいるものの、彼の前で真っ白になってしまった髪。
「みんなと違う。……肌が氷みたいに冷たくて触れた人を驚かせちゃうし、その場にいるだけで寒気を感じさせちゃう。……念じれば水を凍らせることだってできる」
その違和感に気づいた時の人々の顔は、眼差しは、いつだって同じだ。
昔から、ずっと、ずっと、変わらない。
目の前のまどかの顔を見ないように、私は言った。
「妖怪よ。化け物よ。……こんなの、人間じゃない」
顔を両手で覆う。本当の自分を知った彼の目を見るのが、怖かった。
だって、私は分かっているから。
――彼は、まどかだけれど。私を愛していてくれた頃のまどかと、全く同じ人物ではない。
彼、近衛円には今までの人生があって、私の夫だったまどかには、彼の人生があった。
夫に関わる大抵のことについては知っていたけれど、彼の過去については何も知らない。
それは、彼も然り。
私の異質さを夫は知っていた。そのうえで愛してくれた。
……けれど。
姿形も、声も。性格以外のすべてが彼と同じまどかは、私の事をなにも知らない。
私の力を目の当たりにして、どんな言葉を告げるのか、どんな反応を見せるのか。
その一つ一つが恐ろしかった。
「…………」
そして。
彼が深く息を吸った気配を感じ。
「珠緒」
私を呼ぶ声と共に、顔を隠す手に熱が触れた。
「化け物なんかじゃない。……ただ、普通の人と少し違うだけだ」
「…っ」
温かい手に誘われるままに顔から両手を離せば、優しい笑顔が私へと向けられていた。
まどかは、そのまま続けて言った。
あの日、あの時と、まったく同じことを。もう一度。
「……珠緒は、綺麗だよ」
『珠緒さんは、綺麗です』
太陽のような微笑みが、怯えて冷え切った心を再び溶かしていく。
そう、そうだった。
その言葉は、今も昔も、他のどんなものよりも力をくれる言葉。
「普通の人と、少し、違う?」
「そうだよ。…個性だろ、個性」
何の計算もなく、ただ、真っ直ぐな様子でそう言った彼に、私は泣き笑いを浮かべた。
「変な人」
「……言っただろ、普通じゃないんだって」