まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
自嘲するように軽く言ったくせ、彼の目は真剣な光を宿してこちらを見ている。
だからわかる。
全部本音だと。
彼は本心から、私を人として認め、あまつさえ好感を覚えてくれていると。
好意を抱かれては、胸を痛めてまで実行してきたこれまでの行動が水の泡なのに。
死ぬ時まで一緒がいいなんて、とても正気とは思えないのに。
「………あなたは、死んじゃいや」
「……」
私がぽつりと漏らした心の声をしっかりと拾ったのか、彼は茶化すように微笑んだ。
「…なら、その命を大切にするんだな」
――あんたが死ぬなら、俺も死ぬ。
言外に、そう言われていることに気づいて、迷った末、私は頷いた。
その様子を見た彼は、どこか安心したような表情を浮かべ、私の頭を優しく撫でた。
感覚的に、ぐるぐると包帯が巻かれているようだ。
「………痛くない?」
「……平気」
怪我した場所は避けながら、彼は割れ物にそっと触れるような仕草で同じことを繰り返す。
「…………あの、くすぐったいんですけど。近衛さん」
わざと拗ねたように文句を言えば、彼は悪戯っぽい顔で私を見て、
「いまさら、とってつけたような苗字呼びとか、敬語とかいらないと思うんだけど?」
「……そ、れは」
とっくにみっともない泣き顔や行動を見られ、さらに名前を呼び捨てたり昔のように気安くしゃべったりした前科がある手前、否定できずに言葉を詰まらせる。
彼は当てつけのように大きな手を私の頭から外さない。
気持ちよくはあるし、ずっとこうしていて欲しいというのが本音だが、彼は「私のまどか」じゃない。
やはり、線引きはしなければいけない。
今世で彼と一緒にはならないというのは、今も変わらない私の行動原理だから。
生じる矛盾を自覚しながらも、私は彼を上目遣いに見上げて言った。
「くすぐったいから、離して。まどか」
「………」
彼の頬が、赤くなる。
ぴたりと止まった頭の上の手が、やがて髪を伝ってゆっくりと下に降りてくる。
そして、不穏な動きで首筋を伝い始めたため、私は笑顔で思いっきりその手をつねった。
「いっ」
「セクハラはやめて」
「セクッ……」
涙目で赤面する、忙しいまどかの顔を観察しながら、小さく吐息をつく。