まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~




そして、入学式。


整然と並んだ椅子に、真新しい制服に身を包んだ生徒たちが、どこか緊張した面持ちで座っていた。

校長の言葉。
在校生の言葉。

滞りなく進んでいく工程の中、私はあくびを噛み殺して前を見つめる。

頭の中は、いつものようにある一点でいっぱいだ。


(もし、まどかに逢えたらどうしよう)


極限まで美化された元夫の姿が、いくつも浮かんできては私に微笑みかける。


(なんてね、覚えている私がイレギュラーなのであって、あっちは私の事なんて、きっと覚えてないし…。笑いかけてくれるわけもない)


重苦しいため息をついて、私はぼんやり考えた。


(そもそも、私には決めていることがあるもの…)


目を閉じて、その決意を改める。


「次に、新入生代表の言葉。――近衛 円」

「はい」


(………まどか?良い名前ね)


瞼を閉じながら、顔も分からぬその生徒の名前を全力で称賛する。


「春の暖かい――」

(それに、良い声。この柔らかな語り口、少しだけ、あの人に似てる)


マイクで拡張された声は、けれど耳に心地よく、眠りを誘う。




「――――――新入生代表、近衛 円」


はっとした時には、新入生代表の挨拶は終わっていて、その男子生徒は自分の席に戻って着席したところだった。

この睡魔の原因は、昨日の夜、ドキドキしすぎて眠れなかったせいかもしれない。


幸い、時間もそうかからず全工程が終了し、私たち新入生はクラスごとに各教室へと移動することになった。


(B組だから、次ね)


椅子に腰かけたまま、A組の生徒たちが移動し終わるのを待っていると、


「ねね、近衛君の挨拶、すごくよかったね」

「うんうん、最高だった~」


早くも打ち解けた様子の、近くの女子生徒たちの会話が耳に入ってきた。


「超イケメンだし、…ありゃ倍率高いよね」

「さっきも校門のところで囲まれてて、すごかったもんね」

「マジ王子様だったよね~」

(あ、もしかして、さっきの?)


頭の中で勝手に話に参加する。コミュ障(わたし)の得意技だ。


(挨拶は居眠りしてて、ほとんど聞いてなかったな…。残念)


苦笑いして会話に耳を傾けていれば、


「あ!ほら!通るよ!」

(へ?)


どうやら、(くだん)の王子様が私たちの真横の通路を通ったらしい。

しかし、私の反応が鈍く、彼はもう体育館から出て行ってしまったようだ。


(まぁ、同じ学年なら、見る機会もあるでしょ。クラス、隣だし)



そう高をくくっていた私だったが、その邂逅は想像よりもずっと早かった。



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