まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
雪の降る夜。
初めて彼とつないだ手。
『私の悩みを聞く?馬鹿なこと言ってるんじゃないわよ。自分の方が死にそうな迷子みたいな顔のくせに。他人の悩みを聞くなんか、百年早いわ』
薄汚れた冷たい頬に、私は指を滑らせた。
これだけ寒ければ、自分が化け物であることも、きっと分からないだろうと思って。
『旅の人。これも何かの縁よ。私があんたの悩みを聞いてあげる。言って。そうしたら、気まぐれな神様が助けてくれるかもしれないわ』
冗談めかして言った言葉だったのに、彼は呆けたように目を見開いて、幼い子どもの如く半開きにした口から、
『……………あったかい』
『え?』
あり得ない言葉を零して、
『………………………僕は、…死んだの?』
頬に触れた氷のような私の手に、それ以上に冷え切った涙を伝わせたのだ。
何の気なしに彼の手を握った片手には、微かな力が返ってきた。
おそらく私とそう変わらない年の頃だというのに、赤子のような、あどけない、弱弱しい力。
なぜだか胸が、どうしようもなく締め付けられた。
だから、
『あんたが死んでるなら、私も気づかないうちに死んだってことね』
私は不遜に笑って見せた。
『それでも、別にいい。いけ好かない里の人間たちに一泡吹かせられるのなら。せっかくの黄泉路だし、あんたと一緒にいってあげてもいいわ』
『………僕と?』
『………あなたと』
言葉を改め頷いて、声の方を見上げれば、暗闇に覆われた瞳に雪が映りこんで、光がさすのをみた。
『君も、不幸になるよ』
『………』
私は一度考え込んでから、言ったのだ。
『何が不幸かは、私が決める』
どうせ、長くもない命。
ならば死ぬまでの少しの間、みすぼらしい旅人と語らう時間も、暇つぶしになるなら悪くはないと思えた。
『私は珠緒。呪われた里の女よ。……あなたは?』
『……………………』
『おーい』
呆けた様子で立ち尽くす彼の目の前で手を振れば、やがて、小さな声が聞こえてきた。
『…………たしか』
遥か昔に口にしたきり、と言わんばかりの間をとってから、彼は言った。
『……円』
ふいに彼は夜闇に浮かぶ月を見上げて、付け足した。
『…………月の、咎人の、まどか』
たどたどしくそう告げた彼は、貧しく汚らしい旅人の姿。月の人なんて、おこがましい。
でも私には彼が、まるで身の内から光が零れているかのように美しく見えた。
消えない悲しみと不幸の匂いがべったりとこびりついた彼。
あの日の彼も、確かに、「ボロボロで、膿だらけ」だった。