まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「………………え?」
初日のロングホームルームを終え、いざ帰ろうと昇降口へ向かっていた時。
目の前の廊下を、たくさんの人に囲まれて歩いてくる人物。
――それは。
「まど、……か?」
私の声が聞こえたのか、彼が驚いたように眼を見開く。
切れ長の、長いまつ毛に縁どられた瞳。
「…………きみ」
薄い、形の良い唇が微かに動き、言葉を紡ぐ――。
「っ!!」
――前に、私は彼の前から駆けだした。
「え、待って!!」
慌てたような声と共に、後ろから追いかけてくる足音がした。
(なんで。……なんで、なんで!どうしてここに!?)
明らかに歩幅が違う。
……当たり前だ。
だって、私、中学1年生の頃から、ただの1ミリも身長が伸びていないもの。
――追い付かれる。
そう思った瞬間。
彼の手が私の手首をつかんだ。
「!」
「待ってって…、っ!?」
条件反射のごとく、彼の手が私の手首から離れた。…弾かれたように。
彼に握られた場所が、熱でジンジンしているような気がして、押さえながら私は恐る恐る振り返った。
目の前には、離れた手をそのままに、驚いた顔でこちらを見る男子生徒の姿。
綺麗な薄茶の髪。
モデル張りに整った顔。
私に負けないくらい、白い肌。
その表情は驚きに満ちていたけれど、確かに記憶にある姿、そのままで。
(まどか……。まどかだ。間違えるはずない)
予期せぬ再会に胸がいっぱいになって、目尻が熱くなる。
唇が勝手に震えて、吐息が溢れた。
場所も状況も忘れて、その体に抱き着こうとして、腕を広げる。
無意識にだろうか、彼も呆けた表情のまま、けれど、私を受け止めようと腕を広げたように見えた。
しかし、そこで我に返る。
(違う。……だめだ)
待ち焦がれた人の姿を前にして、唇を噛む。
五月蝿い胸を押さえつけながら、私は一歩後ずさった。
「あの、きみ、どこかで会ったことない?」
戸惑いつつも、優しげな表情でそう問いかけてくる彼に、心臓が軋む。
(……やっぱり、まどかは覚えていない)
こちらの出方を窺っているわけでもないようで、その証拠に、彼はそれ以上何の言葉も付け加えない。
真実、昔のことを忘れ去っているのだと思い知った。
(……なら)
心を決めて、彼の目を見つめる。
私がすることは、一つだけだ。
私は、前世で愛した元夫に向かって、言い放った。