まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「私はっ、ああいう完璧に顔が整った、無駄に優しい人間が大っ嫌いなんです!」
「お、おぉ?」
褒めているのか貶しているのか、自分ですらもよく分からない言葉を並べて、喚く。
佐々木君が若干引いている気配がするが、お構いなしだ。
「ハンカチ、ティッシュを常備し、お弁当はいつも手作り、掃除すら手を抜かず丁寧にこなし、愛想笑いですら爽やかで私の遥か上をいく女子力を持っています!」
「そ、そうだ、な。ん?そうなの?」
「お箸は左手を添えて持ちあげるし、失敗した料理も嫌な顔一つしないで美味しいと食べてくれるんです!洗濯物もビヨビヨに伸ばしちゃう私の代わりにピシッと仕上げてくれるし、縫物も上手で私の着物も縫ってくれました!」
「お箸?洗濯物?着物?ちょっと待って、なんの話―」
「ただのスパダリだと思うじゃないですか!騙されちゃだめですよ!あの人ったら、閨ではそりゃあもう、野獣と言わんばかりのっ…」
「ね、ねや!?ストップストップ!待って!そこから先、俺、聞いちゃいけない気がする!!」
慌てた佐々木君が私の口を大きな手でふさいできて、正気に返る。
………私は今、気が動転して、とんでもない話ばかりしなかっただろうか。
「……………………たま」
「……………」
ぎ、ぎ、ぎ、と、油をさしていない、ぜんまいのような動きで、どす黒い声が聞こえた方を振り向く。
そこには、
「…………今の、誰の話?」
目の据わったまどかが、口元だけの笑みを浮かべて立っていた。
「し、し、し」
背中に幾筋もの冷や汗を伝わせて、私は首を傾げた。
「知り合いの、話?」
「…………へぇ」
まどかが腕を組み、それはもう不機嫌オーラ全開で扉に背を預けた。
何故か、奥さんに浮気を疑われた旦那さんの焦燥感というものが痛いほどわかった。
(やばい。…私、まどかの名前出したっけ?ていうか、どこから聞かれたかな…)
明確に話の中で彼の名前は出していなかった気はするが、誤解を生むには十分な内容だった気がする。
暴走したのは認めるけれど、どうか許してほしい。
……だって今まで惚気られる相手がいなかったんだもん。
自慢じゃないが、まどかのことなら何時間でも話せる自信がある。
当の本人はそっぽを向いているが。