まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
『あなたは黒くもないし、汚くもない』
(それはあなた自身のものではなく、あなたが身の内に溜め込まされた他の誰かのもの)
私は体を捻り、後ろに立つまどかの方を向く。
見上げた彼はいつかのように、闇夜に惑う迷い子そのものだった。
『…………そうだったら、どんなにいいか』
諦めと、自嘲の気配を纏わせて、彼は薄く微笑んだ。
今まで何度か言ったことのある私のこの言葉を、彼は頑なに認めようとはしない。
『……僕もあなたみたいに綺麗だったら、強くなれたのかもしれませんね』
『………化け物になりたいってこと?』
『っ』
言いながら頬に触れると、彼の眉がわずかに顰められた。
滲んだ嫌悪の色は多分、冷たさのせいじゃない。
『やめてください』
『……綺麗って、言ってくれたあなたが自分に自信がないんじゃ、私だって信じられない』
『!』
まどかが目を見開いて、唇を震わせる。
何かを言いたげに口を開くが、また閉じられた。
それを見て、小さく微笑む。
『ねぇ、まどか。私たちって、夫婦にはなったけれど、まだまだ、傷の舐めあいよね』
『…………』
まどかの目が逸らされる。
けれど私は続けた。
『でも、今はそれでいいんじゃない?』
怪訝な表情のまどかに、私は笑った。
『私には大好きなまどかがいて、まどかには私がいる。それが当たり前になればいいのよ』
『………当たり前?』
『そう。不安も、疑問も感じないくらい。お互いがお互いの一部になるの』
するりと彼の首の後ろに腕を回す。
彼は抵抗もせず、私を見つめている。
『あなたがまだ、私の言葉を信じられないのなら。自分は綺麗だと思えないのなら。……簡単よ』
『……んっ』
背伸びして、まどかの唇に自分のを重ねた。
熱に浮かされていた時とは違って冷え切っていたけれど、こうすればまた温まることを私は知っていた。
『はっ…、たまお、さ…』
私からの突然の口づけに呼吸を乱したまどかを見て、口の端をゆるりと上げる。
『私を汚して、まどか。貴方が綺麗になれないって言うのなら、私が汚れればいいのよ。愛しいあなたのためなら、私はいくらでも汚れてあげる』
『っ』
瞬間、まどかの瞳に様々な感情が浮かぶのを見る。
悲哀、喜び、苛立ち、安堵、絶望、期待。
暗くよどみ、それでも澄んだ瞳には葛藤の色が濃い。
けれど、最後に残ったものは、
『…あ…っ』
情欲のたぎった眼差しが私を射抜いたかと思うと、噛みつくような口づけが降ってくる。
深いそれは私の口をこじ開けて、すべてを暴こうと蹂躙してきた。