まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「一目見たときから、あなたの事が嫌いです」
彼を守るために。
私は、ある未来を殺すと決めた。
「私の視界に入らないでください」
「…………………は?」
(ん?)
彼の口からは聞いたこともない低い声が、形のいい唇から漏れ出た気がした。
「……俺、君に嫌われるようなこと、何かしたかな?」
彼は柔らかい口調を崩さず、笑顔で尋ねてくる。
私は小さく首を横に振って答えた。
「いいえ、強いて言うなら、存在が。(もちろん大好き!)」
「……………」
彼の笑顔がピクリと固まった。
語尾に付け足した私の心の声が聞こえるわけもなく。
……彼の背後から、どす黒いオーラがにじみ出てくる気配がした。
(ん?…ん?まどか?)
平静を装いながらも、内心冷や汗をかいていると、彼の薄い唇から、とんでもない言葉が飛び出した。
「こっちのセリフだ、クソ女」
「…………」
私、フリーズ。
誰にも聞こえないほど小さく、しかしとてつもなく重たい呟きに、私の思考は一気に宇宙の彼方へ旅立った。
情けない顔で呆けていた私が、この世に戻ってきた時には、彼は踵を返していた。
「近衛君、委員会の事で、少し相談が…」
「あぁ、うん。今行くよ」
同じクラスと見られる何人かの生徒に呼ばれて、人好きのする笑顔を見せて去っていく。
去り際に、私に向けてゴミを見るかのような一瞥をくれてから。
彼は私の前からいなくなった。
「……………」
(クソ……クソだって。私のこと。あの、まどかが)
遥か昔愛した、誰よりも優しいと思っていた人から。
初めて向けられた罵倒。
初めて向けられた蔑視。
初めて見たその荒んだ様子に、私は。
(か、か、か……かぁっこいぃい~っ♡)
目をハートにしながら、彼が歩き去った方を見つめていた。
独りポツンと、その場に佇みながら。
「………まどか………」
今だけは決意を忘れて、私は彼との再会を噛み締めた。