まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
ホチキスの音と、キーボードをたたく音だけが教室に響く。
まどかにとってはどうか知らないが、私にはこの沈黙はなんの苦にもならず、むしろ作業効率は高いと言えた。
まどかが隣にいるだけで、安心できるから。
あっという間にホチキスを留め終え、いざ、残りの集計を終わらせようと、横に置いていた資料を手に取ろうとする。…が。
「あれ?」
先ほどまで確かにあったはずの集計表がなくなっていた。
不思議に思い、辺りやカバンをあさってみるけれど、やはり見つからない。
「ねぇ、まどか」
「ん?」
パソコンの画面から目をそらさず、声だけで返事する彼に尋ねた。
「ここに置いてあったB組の集計表の紙、知らない?」
「………あー」
ちら、とこちらを見て、まどかは自らの横に積み重ねてあった資料の山の一番下から、それを引き抜いた。
「………ついでだから終わらせといた。…ホチキス留め終わったなら、早く帰れ」
ぶっきらぼうにそう言って、私の前に資料を置くと、パソコンに視線を戻す。
(……ついでって)
彼に気づかれないよう、唇を噛む。
不器用な優しさの中に、「彼」の片鱗を感じて、胸が苦しくなった。
(一番下にあるものが、ついでなはずないのに)
5月とはいえ、もう陽が落ちかけて薄暗くなってきている中で、彼の傍らにはまだ留まってもいない他のクラス用のプリントの山が積み重なっている。
「……そのプリントの山はどうするの?」
「………」
横目でちらりと見てから、まどかは呟いた。
「これが終わったらやっとく。いい、慣れてる」
(………今までも、そうだったのね)
私と出会う前から、そうして自分が背負う必要のないものまで負って過ごしてきたのかと、言いようのない罪悪感が胸を占める。
(……まどかが、ただのお人よしなだけ、というわけじゃない)
いまさら後悔したって、私が負い目を感じたって、どうしようもないのに。
――やっぱり、あれはまだ、まどかを縛っている。