まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
私は席を立ち、今まで座っていた場所とは反対側の、まどかの隣――プリントが山積みになった方の席へ座る。
「なに?」
彼はきょとんと、不思議そうに私を見た。
ホチキスを浅くカチカチと鳴らし、答える。
「手伝う」
「…は?」
ポカンとしてこちらを見つめるまどかに、私は笑った。
「分担した方が早いでしょ。集計表のお礼」
「……なんで」
今までそう言った提案をされたことが無いのか、困ったように視線を泳がせるまどかを見て、一人、切なくなる。
(せめて、一緒にいる時は、気づけた時は、手助けくらいさせてほしい)
「断っても無駄よ。私、借りは作らないの」
「……変な奴」
呆れたようにそう零した彼だけど、目元が小さく和らいだのを見逃さなかった。
パチンパチンと規則的に作業を進めていれば、彼が呟いた。
「………あんたさ」
「なぁに?」
「さっき寝てる間、顔紅くしてた……」
(へ!?………て、ていうかまどか、私の寝顔見ながら作業してたの……?)
内心恥ずかしかったり、驚いたりで動揺していたが、努めて作業の手は止めずに目だけ向ければ、彼の頬もうっすらと赤くなっている。
「……前にも夢とか言ってたけど、しょっちゅうそういう夢見てるわけ」
「……そういう夢?」
首を傾けると、まどかは何かを堪えるように口を引きむすんでから、意を決したように言った。
「……ねね、ね、閨とか。そういう感じの」
(あー)
尋ね返したことを心の中で猛烈に後悔する。
言った本人も恥ずかしいだろうが、私だって十分恥ずかしい。
だが、彼が知りたいのは多分、特に男の子がよく見るというピンク系の夢の内容ではなく。
「アンタの夢の中に出てくる男って、そんなにいい奴なの」
「………」
そりゃ、もちろん。と答えたかったが自粛した。
(相手はどちらも、あなたですし)