まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
「…………おかしい。絶対におかしいわ」
休み時間、私は真っ蒼になりながら廊下を右往左往していた。
(こう何度も、まどかとのピンクな夢を立て続けに見るなんて、あり得ない)
1、2時間目は物理に化学という私の専門外の科目のオンパレードだったので、これ幸いと昨日の睡眠不足を取り戻そうとしたのだが…。
ことごとくまどかとの夢を見て、奇声を上げながら起きることの繰り返しだった。
今や私はクラスの中で、腫れ物を通り越して爆弾みたいな扱いになっている。……ぐすん。
(もしかして、本当に欲求不満なんじゃ)
年頃の男子高校生のような気持ちになって、居た堪れなくなる。
精神年齢いい年した自分が、まさかこのような状態に陥るなんて、思っても見なかった。
(このまま正常に眠れなかったらどうしよう)
いくら大好きな元夫とは言え、毎回これでは心臓と精神衛生に悪すぎる。
にじみ出てきた汗を拭こうとポケットに手を入れた時、
「あ」
またしても忘れていたブローチが顔を出した。
手のひらに取れば、それは窓からの光を浴びて紫色に妖しく輝いていた。
(綺麗)
一応今朝、クラスの女子たちに声はかけてみたのだが、心当たりのある子はいなかった。
(うちのクラスじゃないってことよね)
窓の縁に頬杖をつき、光に透かしながらぼんやりとブローチを見つめる。
(この紫の中に揺蕩う蒼色……。あの子の瞳に似てる)
無性に切なくなって、目に溜まってきてしまった涙をごしごしと拭った。
ブローチをしまいながら、ハンカチを出す。
にぎやかな廊下で、足元にコツンと何かが落ちる音は、私の耳には届かなかった。