まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
1.5(円side)
真新しい制服に袖を通す。
胸ポケットに校章付きのブレザーに身を包んだ自分を見て、俺は苦笑いを浮かべた。
物心ついた時から、ずっと、消えない違和感を覚えていた。
自分が、自分じゃないような。
大事なものを、ずっと、失くしているような。
漠然とした不安と、焦燥感。
鏡の中の自分は、「自分」じゃない。
この、制服を着て、こちらを見ている男は誰だ。
――自分のはず。
近衛 円。
他でもない俺自身。
そう、思うのに。
「……っ」
向ける相手のいない苛立ちを払うように、俺は鏡に映る自分に手を叩きつけた。
「まどか~、はよ~」
「大和。おはよう」
学校までの道を一人で歩いていると、幼い頃からの友人、佐々木 大和が後ろから声をかけてきた。
そのままニヤリと笑って、俺の首に腕を回す。
「すました顔してんけど、緊張してるんじゃねぇの?新入生代表くん?」
「…………別に、緊張はしてない」
俺の顔を覗き込んでくる視線から、目を逸らす。
本当だった。緊張はしていない。
ただ、
「面倒くさいとは思ってるけど」
「出たよー。『面倒くさい』『どうでもいい』。お前の十八番だよな」
わざとらしいため息をついて、肩を竦めた友人に、眉を寄せる。
「馬鹿にしてんだろ」
「してないしてない」
ヘラヘラ笑って、大和が言う。
「みんなの王子様が、まさかそんな無気力系の荒んだ人間だとは、誰も思ってないよな」
「王子様だなんだと、勝手に持ち上げてくるのはあっちだろうが」
「いやー。その外見と外面の良さだと、他に例えようがないし…」
大和は指で、ちょいちょいと自分の髪をさしてみせた。
つられるように、前髪を一房摘まむと、色素の薄い髪が朝日に透けた。
「適当にあしらってるのが、一番角が立たないことは経験済みなんだ。別に荒んでるわけじゃない」
さり気なく話を変えたつもりだったが、大和は片眉を上げる。
「でもさ、猫かぶりも大概にしないと、外面だけ独り歩きしちまうぜ」
「………」
自覚はあった。
無関心なことにも、取り繕ってそれなりに付き合えば周りは満足する。
僻まれることも、必要以上に騒ぎ立てられることもない。
――波風を立てない。
それが、自分の存在に意味を感じられない俺が見つけた、唯一の処世術。