まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~
3.5(円side)
視界一杯に、純白が舞う。
季節外れの雪のように、それはキラキラと輝いていた。
ガチャリと重たい扉が開く音がしたと思ったら、今にも死にそうなくらい必死な声で自分の名前を呼ばれたのだ。
驚いて振り向けば、そこにはいつかのように、真白に染まった彼女が立っていた。
ぽろぽろと、双眸から止めどない涙をこぼしながら。
真昼に惑う迷い子のように。
呆然と目を見開き、小さな唇を半ばで開いたまま、ただ、裸足で立ち尽くしていた。
「………たま?」
「っ」
俺の呼びかけに、彼女は大げさなくらいビクリと肩を跳ね上げて怯えた様子で後ずさると、顔を隠すように両手で頭を抱えてしまう。
その行動だけで、彼女が自分の姿を忌避していることが痛いほどに伝わってきた。
それを裏付けるように、か細い震えた声が耳に届く。
「…………見ないで」
今にも消えてしまいそうな風体も相まって、焦燥感に囚われた俺は、とっさに彼女の両の手首をそれぞれの手でとった。
逃がしたくなくて。
「!」
彼女の瞳が、この場で初めて、まともに俺を映す。
深い深い、金色の瞳。
それはこの世のどんな宝石よりも眩い輝きを放っているように感じられた。
柔らかく揺れて俺たちを包む、日差しを閉じ込めた白銀の髪は、どんな新雪よりも澄み渡った光を放っているように思えた。
(………綺麗だ)
言いようのない感覚に浸りながら、もっと彼女の顔を見ていたくて頬に手を滑らせる。
目を離したら、見失ってしまう気がした。
一瞬の日差しに溶けて、消えていなくなってしまう、氷の姫。
久しぶりに間近で捉えたその顔を見ると、胸が狂おしく締め付けられる。
(あぁ)
そのまま、彼女の後頭部へと手を回し、小さな体を腕の中に抱きしめた。
冷え切ったその体躯を、温めるように。
自分の体の熱が、凍えた彼女の体に移って、そのままこの体を巡る熱になればいい。
目を閉じ、彼女がもっているのであろう優しい香りを感じると同時に、俺はすべてがすとんと、腑に落ちたような感覚を覚えた。