まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~


彼が大きく身じろいで顔を隠したため、まどかの足の上に横向きに座っていた私は体勢を崩した。

はっとしたまどかが、慌てて私を抱きしめ直すと同時。


――カツン。と、硬い音が部屋に響いた。


(何の音?)


まどかにも聞こえたのか、二人で視線を巡らせて音の正体を探す。

やがて、同じ場所に視点が定まった。


「………これ」


私は傍らに落ちた、あるものに手を伸ばした。

手のひらの上で輝くそれは……。


「なんで、このブローチ、まどかが持っているの?」


いつの日か失くしてしまった、持ち主不明のあの蝶のブローチだった。

気づけば既に夕暮れ時で、窓から差し込む夕日と調和することのない紫色が、妖艶に光を弾いて輝いている。


私の手元にあるブローチを見たまどかが、今度は真っ蒼になって自分のズボンのポケットに手をやった。

しかし、すぐに息を呑んで視線をこちらへ戻す。とても気まずそうに。


「あの、……それは……」


もごもごと煮え切らない様子で、彼は視線を彷徨わせた。


「……」


私の中でいくつもの考えが巡る。


(これは間違いなく、あの日私が失くしてしまった落とし物と同じ形状のもの。でも、ただの既製品、…にしてはまどかの様子がおかしい)


ただ買った、というだけでは、さすがにこんなに焦らないだろう。

加えて、まどかの性格上、他者からの貰い物であれば眉一つ動かさずにそう言うだろうし。


「………まどか」


じっと彼の横顔を見つめる。

目が合わなくても、神経はこちらに張り巡らされているのを感じながら、私は言った。


< 94 / 104 >

この作品をシェア

pagetop