まどかな氷姫(上)~元妻は、愛する元夫からの愛を拒絶したい~


「傍に居させて。……わたしのまどか」


(記憶があろうが、なかろうが、もうどうだっていい。あなたが私の隣にいるのなら)


ゆるゆると、彼の薄茶の瞳が見開かれ、僅かに開いた唇からは震えた吐息が零れた。

やがて、彼の手が頬を撫で、その親指が私の湿った唇を滑った。

泣きそうで、けれど真剣な瞳が私を射抜く。


「いいけど、……そしたら俺、もう離してやれないよ」

「うん、離さないで」


泣き笑いを浮かべて、私は彼のお腹にぎゅっと抱き着いた。

ふわりと私を包み込むまどかの体温と匂いに、心の底から安心していれば、彼も抱きしめ返してくれる。


「…毎日顔見たいし」

「あら、何を今さら。かなり前から既に見に来てたでしょ?」

「……………」


上目づかいで見上げれば、まどかの目が泳ぐ。バレてないとでも思ったのだろうか。

彼に避けられ始めて以降、まどかと学校内で出会うことが減った。

つまりそれは、彼が意図的に私の視界に入っていた…、私に逢いに来ていたということを如実に示しているではないか。


「………手も繋ぎたい」

「こう?」


今さら手を繋ぐことに抵抗なんてない私は、彼の空いた手をとって、指を絡めた。

まどかはぐっと言葉を詰まらせ、困ったような表情をしている。

私、はしたなかっただろうか。

あんまり嬉しそうじゃないまどかの様子にしゅんとして、手を離そうとすると、突然彼の手に力が入る。


(へ?)


目を丸くしている間に、そのまま手ごと引っ張られ、背中を逸らして彼に顔を寄せる体勢になってしまった。


「ま、まどか?」


綺麗な顔が急に目の前にきて、ドキドキと鼓動を早めていれば、まどかが小さく呟いた。


「たま、無防備すぎ。……俺が何考えてるかも知らないで」


(んん?まどかさん、そこちょっと詳しく!)


と、さすがにそこまで図々しい本音は言えなかったものの、白々しく首を傾げてみたりする。

そんな私を見て、まどかは頬を赤く染めながら囁くように言った。


「なぁ、全部、俺の勘違いかもしれないんだけど。一つ、聞いていい?………あのさ」


低い声で続けられようとしていた言葉は、しかし、突然のチャイムの音に阻まれた。


――ピーンポーン。


二人で同時に、玄関の方を見やる。


――ピーンポーン。


間を置かずもう一度鳴らされたチャイムに、今度はまどかの顔を見る。彼もこちらを見ていた。


< 98 / 104 >

この作品をシェア

pagetop