京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
「西野さん、今日までありがとうね。高台寺素敵だったわ、行って良かった」
「花崎様……」
今日は花崎夫妻のご帰宅の日だ。
史織が初めてお世話をしたお客様。
旅行を少しでも楽しめるように、三芳や辻口に食らい付いておもてなしの作法を学び、精一杯尽くした。
その時間を労うそのたった一言が、こんなにも嬉しいなんて……
思わず涙ぐみそうになる史織に花崎夫人は、あらあらと涙を拭ってくれた。
「若旦那様からね、初仕事なんだって聞いていたの。旅館がそんな事いうメリットは無いのにな、なんて思っていたんだけど。きっと今後の事を考えていたのね」
「……若旦那様が?」
花崎夫人は笑顔で頷いた。
「西野さん、接客に向いていると思うわ。来年も来るからその時はまたお世話して頂戴ね」
その言葉に、はたと意識が戻る。
自分はここにたったひと月しかいないのだ。当然来年の予定なんてない。
込み上げていた喜びが戸惑いに変わる。
「はい、これ」
「え?」
思わず受け取ってしまった、小さな袋には高台寺の印字がされている。
慌てて花崎夫人を見上げると夫人は悪戯っぽく微笑んでいる。
「主人と相談してね、お礼。あと『初めて』の記念品よ」
にっこりと笑う夫妻に堪えきれない涙が溢れた。
「そんなに喜んで貰えて私たちも嬉しいわ、誰かにお土産を選ぶなんて滅多になくて。うちは男の子ばかりだから反応もそっけないんだから」
戯けてみせる夫人と、寡黙なご主人が優しい顔で頷いてくれて。史織はこの時間、この時を与えてくれた朔埜に感謝した。