京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
5. 厄災
「水仙の間は、水仙の間……ね」
特室ではなかった。
(離れって聞いて勘違いしちゃった。……当然かあ、流石に三十人の団体さん用の部屋ではないものね)
約束は十九時だったが、憧れの部屋だと勘違いして少し早くに来てしまった。
まあ、食事も早々に済ませてしまったし、時間まで散策でもしていればいいかと歩を進める。
地図で確認した限りでは、確かに研修用なのだろう。離れにある個室は、大人数で騒いでも他の客に影響は無さそうだ。
敷石の上を、からころと下駄を突っ掛けて、離れに導く灯りに沿って歩いていく。
墨で塗ったような夜空に星空が散って、紅葉と山茶花の垣根に風情を感じ、ほっと息を吐いた。
(昼もいいけど、夜も素敵だなあ。あー、いいなあ。絶対、暫くしてからお客として来ようっと)
藤本の話は愚痴かもしれない。楽しい時間にはならないだろうけれど、今は静かな旅館の一夜を満喫しよう。
ふんふん鼻歌でも歌い出しそうな気分の中、史織の耳が誰かの声を拾った。