京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

 逃げなければ。
 両手で口をしっかりと覆い、がたがたと震え出す身体に、屈んだ状態の足がつんのめりそうになる。
(──だめ!)
 物音一つ立ててはいけない。
 必死に足を踏ん張っていると、話に飽きて来たのか、じゃあと仕切り直すような声が聞こえて来た。

「もう中に入ってろよ。こんなところ見られたら馬鹿でも分かるだろ」
「そうだな、逃げられたら大変だ〜」
「いや、案外寂しかったからって喜ぶかもよ?」

 にやついた声を交えながら人の動く気配に耳を澄ませ、史織はそっと口から手を離した。
(は、早く逃げなきゃ……)

 信じられないという思いより、今耳にした危機を回避するのが先決だ。震える身体を強張らせ、下駄に意識を向ける。彼らの話が止んだ今、下駄が何かにぶつかれば気付かれてしまう。
 そろそろと下駄を脱ぎ、素足で逃げる算段をつける。藤本以外は離れに入ったようだがら、このまま身体を屈めて少しずつ移動すれば、気付かれずに部屋に戻れる。
 その後の事は……その時考えよう。
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