京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
見回せば紅葉狩りなんてしているのは自分たちだけだ。この旅館は広い。従業員はイベントの手伝いに奔走している最中だし、旅行客は観光名所で各々の時間を楽しんでいる頃だろう。
どうしよう……
スマホの警備システムを使うべきか。
……けれど相手はこの旅館の関係者だ。それは問題があるのではないだろうか。それに史織が怖いと感じているだけで、昂良には史織を傷付ける意思は無いようにも思う。
「史織さん」
名前を呼ばれ、びくりと反応したその時、視界の端に竹林が目に入った。
……ここはもしかしたら、この旅館に来たばかりの時に迷い込んだ場所かもしれない。だったら上手く逃げれば自室に逃げ込んで立て篭れる。
ごくりと喉を鳴らし、出来るだけ温和な声を出す。
「……私や麻弥子ちゃんの他にも、千田家には未婚の女性がいますから」
それから史織はばっと踵を返し、脱兎の如く駆け出した。