京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
5. 待ち合わせ
「あら、おいでやす乃々夏はん。どうしました?」
いつものように文机に座り、書き物をしているこの旅館の仲居頭の三芳。乃々夏はいつものように、にこりと微笑んだ。
けれど、どこか三芳は気付いているのだろう。気まずげに視線を逸らし、一つ息を吐いた。
……きっとここにもう、乃々夏の居場所は無いのだ。
分かっていたような、知りたくなかったような、そんな事。
『四ノ宮家の息子はハズレだった』
乃々夏が十歳の時、父がそんな事を言っていた。
『もう落ち目やありまへんの? あの家も。いい加減東郷家が目を掛ける必要もありまへんわ』
着物の袖口で口元を隠し、母が眉間に皺を寄せる。
『眉唾ですわ、予言だか占いだかに縋るなんて。乃々夏も良かった事。これでもっと将来性のある人のところに嫁げますわ』
ほっと息を吐く母に対し、今度は父が眉間に皺を寄せた。
『しかしあの家と縁が切れるんはよくない』
『まあ、あなたはあんな胡散臭い家にまだ未練があるんですの?』
『……お前に東郷家の何が分かる』
『またそうやって家を盾に私を追い払おうとして!』
『歩み寄ろうとせんのは、そっちやろ』
『家門と家族とどっちが大事なんです!』
『何でそうなるんや!』