京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
『何、辻口』
令嬢として、乃々夏は旧華族の夫人に礼儀を躾けられた。だからどんな時でもたおやかに。目の前で父母の口論が繰り広げられようと平静で。
そんな乃々夏を辻口は痛ましそうな眼差しを向けた。
『席を外しますか?』
その言葉に首を横に振る。
そんな事をすれば母は辻口を責めるだろう。四ノ宮を嫌う母は、当然その家から寄越された彼の事もよく思っていない。手近にいる、四ノ宮の使用人は、母にとって一番都合のいい目の敵なのだ。
……せめて父が母をもう少し慮ってくれたなら。母もこれ程ヒステリックな怒りを見せないだろうに。
乃々夏は別に気にならない。
二人の口論は乃々夏の為でもせいでも、事でも無いからだ。
けれど聞いていないと叱られる。関心を示していないと失望される。
乃々夏はこの家の一人娘で、東郷家をついでいく唯一の存在だから。
『大丈夫よ』
そう言えば辻口はいつものように乃々夏の背後で静かに佇んでいてくれた。