京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
  
「西野 佳寿那です」

 そんな事が頭を掠める中、史織は偽名で挨拶をした。
 千田の事を考えていたら、少しだけ冷静になれた気がする。

 ついでに大学時代、着物の着付け教室に通って良かった、とか。その流れで礼儀作法の初級講座を受けておいて本当に良かった、なんてそんな思いが頭を駆け巡った。

「どうも、おこしやす。頭を上げて下さいまし」

 三つ指をついて史織が頭を下げていると、頭上から澄んだ、けれどぴしりと厳しい声が響いた。
 四十代後半くらいだろうか。案内人に三芳と呼ばれていた女性は、書き物をしていたらしい手を止めて、眼鏡を外し史織を見た。

「西野さんですってね。あなたの教育係を務めます、三芳といいます。葦野(あしの)様に頼まれたら、うちかて嫌なんて言えまへんけど。来たからにはきちんと教育せな、凛嶺旅館の──四ノ宮の名前に傷が付くさかいに。きっちり躾させて貰いますわ」
「は、はい。よろしくお願いします」
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