京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

 黙られてしまった。

(うーん)
 旅館業の経験は無いのだから、ここは素直に無いと言うべきだったか。
「……ごめんなさい。ホテル業は、ありません」
「……そうですか」
「……」

(……なんだろう、何か気まずい)
 辻口は背中だけで会話をしてくる。
 声音は柔らかいが、探るような雰囲気が急に居た堪れなくなってしまう。
「僕もありません」
「え?」

 不意に振り向いた辻口が史織に目を細めた。
「仲間ですね」
「……えっと、はい。よろしくお願いします」
「厳しいですが、ここで紹介状を頂けると、この業界では信頼を得られますから」

「わあ、流石ですね!」
 流石、憧れの宿ランキング常連の凛嶺旅館。
 声を弾ませる史織に辻口は冷静さを欠かさないまま首肯する。
「ええ、本当に。ですのでしっかりと精進する事をお勧めします」
「……はい」
 辻口は真面目そうな青年だ。
 けれど史織に対する態度は、それだけで無いような、そんなものを覚えた。
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