京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜

 辻口が部屋を出てから。
 史織は充てがわれた住み込み用の一室で、布団に突っ伏した。
 夕飯までまだ二時間以上ある。
 先に風呂の場所を聞いておくべきだった。
 布団の上をころりと転がり、先程受け取ったシフト表と旅館の地図、担当表を見比べる。

 ──心配事しかない。
 これを見る限り、明日史織は朝五時には起床して、やる事が満載だ。

(でも、折角だし……ううん、違うわ)

 史織のミッションは、四ノ宮 朔埜の恋人の有無を確認する事だ。
 そうだそうだと、ぎゅっと拳を作る。
 朔埜の情報を集めるのだ。
 旅館を散策している間に、あわよくば彼に会えるかもしれない。

 史織はスマホを片手に部屋を出た。
 勿論カメラ機能を使うかもしれないからだ。紅葉を写真に収めるのは決して第一目的ではない……

 廊下に顔を出せば、ちょうど縁側に草履が置いてあったので拝借する。
 先程の紅葉とは違う庭に続いているらしく、こちらに面しているのは涼しげな竹林だ。澄んだ空気を吸い込んで、凛とした青の間を縫うように歩いていく。
 夜はこの竹の合間を月が覗き、さぞ風流な事だろう。

 ふわふわとした気分で歩いていると、前から煙が流れてきた。誰かが焚き火をしているらしい。
 竹林を火がぱちぱちと爆ぜる音が響き、薄い煙が覆っている。これもまた風情がある。

「綺麗」

 思わずほうっと口にすると、煙の向こうで誰かの影が揺らいだ。
< 59 / 266 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop