京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
思わず絶句してしまう。
もしかしたらこの人はこの旅館の関係者……というより偉い人なのかもしれない。果たしてどう言った人物なのかと考えるよりも先に、史織の頭は勢いよく下がった。
「はい、今日から勤務しております。ご挨拶が遅くなって申し訳ありません!」
「そうなんだ〜。あ、あたしここの人じゃないから〜、そんなに畏まらなくても大丈夫だよ〜?」
そう言ってほわんと笑う女性に内心で首を傾げる。……ではこの人は誰なのだろう。
「ん〜、ここに来たら会えると思ってたんだけどなあ〜、ねえ他には誰もいないわよね〜?」
「へっ? あの……はい。私も今来たばかりですが、誰にも会っておりません」
女性は、そうなんだ〜と口にして、史織をじっと見つめて来た。
(何だろう……)
その視線を受け止めて身体を強張らせていると、女性はにこりと笑った。
「あたし〜、乃々夏っていうんだ〜。仲良くしてね、西野ちゃん」
「……は、い。よろしくお願いします」
流されるように答えるも、もしかしたら彼女は常連のお客様なのかもしれない。という事は粗相があったら良くないだろう。多分。
史織が逡巡していると、いつの間にか乃々夏がすうっと史織との距離を詰めた。
その動作に驚いていると、顔のすぐ横で、乃々夏の唇が綺麗に弧を描くのが見えた。
「あたし〜、あなたの事、知ってる〜」