京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
「朔埜〜」
明るい声に顔を上げれば笑顔と共にこちらに手を振る女──
「乃々夏」
自分の婚約者だ。
口元に笑みを刷き、目元を和ませる。
どくどくと脈打ち、ざわめいていた心が凪いでいく──
「朔埜どうしたの〜? 何だか楽しそうね」
「……そうか? 別に、そんな事は無いけど」
「ふふ、いい事でもあった〜?」
「無いて……」
「ふうん、そっか〜」
そう言って腕に絡みつく彼女をそのままにする。
「ねえ、大旦那様に呼ばれちゃった〜。また結婚の催促かなあ〜?」
「……どうやろ」
断り切れない縁談が舞い込んでいる以上、それもありそうだ。乃々夏との縁を推したのは他ならぬ祖父なのだから。
「もう、そんなに急かさなくてもいいのにね〜。あたしたちにはあたしたちのペースがあるんだから〜。ねえ、朔埜?」
何の疑いもない顔でそう笑う婚約者。
朔埜は変わらぬ笑みのまま、彼女を抱きしめた。
「そうやな」
ぎゅうと返される抱擁に、心が軋んだ気がするのは、気付かなかった事にした。