京都若旦那の初恋事情〜四年ですっかり拗らせてしまったようです〜
このままこの場を去ってもいいだろうかと逡巡していると、朔埜の携帯が震える音が聞こえた。
「もしもし?」
それに出た朔埜の顔は「若旦那」で、つい今迄史織に見せていた表情から一変している。
(私情と仕事を混合しないようにしているのね)
そう考えて、ふと頭を捻る。
──私情?
それはおかしい。史織は仕事上の注意を受けていただけだ。今受けている電話も、朔埜にはどちらも仕事。同じ筈だ。……けれど、
不思議と自分の判断に間違いが無いようにも見える……のは、気のせいか。
史織は、ぶんっと首を振った。
(気のせい、よ)
平手でぺちぺちと頬を叩いていると朔埜の話し声が聞こえてきた。
「──ああ、分かった。今から行くわ」
会話に区切りがついたらしい朔埜が向ける表情は、史織にとってはいつもの不機嫌顔。
史織は居住まいを正した。
「お前は花崎様からの呼び出しが来るまで掃除でもしとき」
「えっ」
忙しいのでは? という言葉は飲み込む。確かにこの場に不慣れな史織が手伝える事に大したものは無いだろう。面倒を掛けるのが関の山、だ。
けれど忙しい中、何もさせて貰えないというのは分かっていても寂しく思う。
勝手ながら消沈する気持ちを叱咤していると、朔埜がごほんと咳払いをした。