スノー&ドロップス
 風が吹いたからなのか、優しい花の香りに混じってバニラのような匂いが漂って来た。甘さの中に青っぽさが混ざり合いハッとするような、まるで警告を感じさせる不思議な香り。

 淡紫の花が乗ったシフォンケーキが運ばれてきた。エディブルフラワーと呼ばれる食べられる花は、少しだけ苦かった。

 美しいものには棘があると言うけれど、よく出来た言葉だと思う。純白そうに見える人でも、秘めたる毒を持っていると忠告を受けた気分。

「ここのケーキ、なんか特殊だよね。他では味わえないっていうか、ほどよい甘さもクセになりそう」

「……人生で、初めての味です。不思議だけど、おいしい。また、食べたいと思いました」

 苺のショートケーキしか知らなかった私の世界が、またひとつ広がった。外を歩くって、こんなに楽しくてワクワクするものなんだ。

 店内に飾られている木の時計から、鳥のさえずりのような音楽が鳴る。午前十二時を知らせる合図だ。

 十二時……。いきおいよく立ち上がった拍子に、食べ終えた皿がガチャンと音を立てる。

 どうしよう。もうすぐ、鶯くんが帰って来てしまう。

「ヤバ、もうこんな時間じゃん。なんでアラーム消えてんの? 青砥さん、急いで帰ろ」

「……ダメ。もう、間に合わない」

 蛇のような目の鶯くんが頭をかすめて、どんどん体中から血の気が引いていく。
 もう約束はなくなったけど、きっと許してくれない。今度こそ、幻滅されて見放されて、捨てられる。
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