スノー&ドロップス
「茉礼、僕の目を見て」

 戸惑いながらも、僕をゆっくりと見据(みす)える瞳。波のように揺れるそのガラス玉は儚く綺麗だ。

「このまま必要とされなくなるか、ずっと僕と生きていくか。茉礼が決めて」

 思考が追いつかない状況では、疑問すら浮かばない。ただとにかく、今は失いたくないと願うだけ。
 誰かに必要とされたい茉礼は、後者を選ばざるを得ない。

 水々しい唇にそっと触れる。胸の奥からあふれ出すような高鳴りを覚えた。

 ーーもっと触れていたい。

 こんなにも誰かを愛おしいと思ったのは、初めてだ。この腕の中に、ずっと閉じ込めておきたい。

 穏やかに離れた茉礼の頬を、一筋の雫が()らす。
「嫌だった?」「僕が怖い?」そう訪ねてみても、彼女は首を横に振るばかり。
 後悔なのか、恐怖なのか。彼女の瞳を濡らす理由は分からない。けれど。

「僕が触れるのは、特別な茉礼だけだから。これからも、僕だけのために涙を流して」

 ささやくような強さで、華奢(きゃしゃ)な体を抱き締める。弱々しい指が、僕の背中へしがみついて。甘皮一枚で繋がっている僕たちを、繋ぎ止める。

 僕だけに触れて。
 僕の為だけに苦しみ、笑い、僕なしでは生きていけないようにして、君を独り占めしたい。

 鉄の鳥籠から出られないように、頑丈な鍵をいくつも掛けて。

 透明に乳褐色(にゅうかっしょく)が混ざったような、この感情はなにか。


 ーーいつの間にか、僕の方が君に支配されている。
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