スノー&ドロップス
『青砥鶯祐のことはウチに任せて。気にせず始めて』

 なにか知っているような口ぶりだが、今は問わないでおこう。

「あまり遅くなると、母が心配するので……」

 今日は中止にした方がいいかもしれない。そう思う反面、別の気持ちが浮上する。

「じゃあ、今から切ってもらってもいいかな?」

 こうして青砥さんと話せる機会は、もうないかもしれない。神様がくれた、最後のプレゼントだと思って、俺はいい子を捨てた。
 取り繕った薄皮を剥いで、自分の心に素直になりたい。

「……はい。私でよければ」

 音楽もなにもない空間に、金属の擦れ合う音だけが響いている。息を呑む音すら聞こえてしまうほど、静かだ。
 スタイリングチェアに腰を下ろし、カットクロスを巻く。

「こ、これで合ってる……かな?」

「うん、合ってるよ」

 慣れない手つきで、青砥さんが俺の髪を()かす。鏡に映る彼女の頬がほんのりと染まっていくのが見えて、こっちにまで伝染する。

 少しだけ霧吹きをしてもらい、髪を濡らしてから切る説明をした。まだ緊張しているのか、手が震えている。

「ほんとに……いいんですか? 切っちゃって」

「うん」

「私より、月さんの方が上手だと思うし。もし、変になっちゃったら」

「それでも、青砥さんに切ってもらいたいな」

 お互いに目を合わせられなくなる。鏡越しと言っても、気持ちがダダ漏れになっている状態では、まともに見られるわけがない。
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