黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
だって八重樫君が必要ないのに私に話しかけてくるはずがない。

それに八重樫君の表情は今まで何事もなかったかのようにさっぱりとした爽やかな笑顔だ。
現実の八重樫君は私の事は見限りこんな笑顔を見せてくれることなんてないだろう。

もう少しだけ夢の中にいよう。私は重くのしかかってくる瞼に身をゆだね、八重樫君の優しい笑顔を名残惜しみながら真っ暗な世界へと堕ちていった。

頭を優しく撫でられる感覚。
本当に私は八重樫君に頭を撫でられるのが好きらしい。

目を開けて私を見下ろす八重樫君の顔を見つめた。自然に頬が上がり、口角を上げていく。

「起きた?」

私は瞼で答えた。
八重樫君は私の頭を撫で続けてくれている。

「そんなに嬉しい?」

八重樫君の問いに対して私は笑顔で返した。

あれ? でも何か変だ。夢にしては家の作りがリアルだ。雑音も、八重樫君が手に持っているスマホも、何なら私の頭を撫でる八重樫君の手の感覚もリアルすぎる。

「あはは。もしかして夢の続きと思ってた?」

夢だと思った八重樫君の表情は夢ではなかったらしい。
私は飛び起きた。

「俺がいなくて眠れなかったの?」

何も言えない。言ったら負けてしまう。

「双葉って、顔に出やすいよね。ごめんね」

八重樫君だ。優しく、私の表情の変化をしっかり見てくれる八重樫君。

帰ってきてくれたことと普通に話してくれることが嬉しかった。

私の目にはじわじわと涙が溜まっていく。

「1日いないだけでこんな風になるなんて、どんれだけ俺のこと好きなの?」

涙が止まった。

「好きじゃない」

私がソファーから立ち上がろうとすると八重樫君に腕を掴まれた。

「もっと素直になれば。何がそんなに嫌なの?」

全部です。

恋に翻弄される自分が嫌だ。相手に過剰な期待をする自分も嫌だ。ハッピーエンドを信じられない自分も嫌い。そしてそんなことで八重樫君を傷つけて遠ざけた自分も大っ嫌いだ。

でも、こんな事言っても分かってくれるわけがない。

「俺ね、双葉についてみんなに聞いて調べてみたんだ。二条双葉、通称黒子ちゃん。
何でも引き受けてくれる上に、営業や後輩のミスも黙ってカバーしてくれる頼れる陰の立役者。
駒田先輩の売上の大半は黒子ちゃんてできている」

最後はまるで薬のCMのような言い方だ。

「入社当初はこんなに地味ではなく、それなりに男性にも評判は良かった」

それは初耳だ。

「大学時代にうんちく好きな男と付き合い、毎回映画終わりに苦痛の時間を味わいながらも我慢していた。就職後、彼は他の彼女を作ってフェードアウト。その後、色恋沙汰は漫画の世界だけで繰り広げられる」

「郁美……」

「バレた?」
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