黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
「ダメって何が?」

「分かるでしょ」

「ダメ」

「こんなに俺のこと好きなのに?」

「そんなに好きとは言ってない」

「じゃあ好きってことは認めるんだ」

笑顔で目を輝かせる八重樫君に嘘をつくのが後ろめたくなり、小さく頷く。

「何がダメ?」

「まだ、準備できてない」

「何の準備?」

「終わるための準備」

「……」

ですよね。そうなりますよね。

「このままの関係ならいつか会えなくなったとしても、傷は浅い。でも、本気で恋しちゃったら私は蓮の重荷にしかならない。そして最後にさよならを言われる。だから」

「ごめん、何言ってるのか全然わからない。何で終わる前提なの? 何で俺が双葉を振る事になってるの?」

「前の人はそうだったから」

初めてできた彼氏とは大学3年の夏から交際が始まった。

的外れのうんちくは言うし、プライドは高いしで正直苦痛な時間も多かったが、一緒にいると楽しいこともあった。

しかし、彼を持ち上げ、つまらなさに耐えて、彼の好みに寄せていた私は彼にとって重かったらしい。

就職して会う機会が減ったのをいいことにフェードアウトするように連絡が減り、そのうち連絡が付かなくなった。
何かがおかしいと思った私は友人を介して色々探った。

彼は就活中に仲良くなった女性と就職を機に付き合い始めたそうだ。そして暫く私と二股をかけていた。
要らないと判断された私は、振るという労力すら惜しまれ、話合いの時間すら持たれなかった。

そのくせ、彼は周りに「俺の事好きすぎて萎える」「なんでも言う事を聞くつまらない女」「飽きた」「重い」と愚痴っていたようだ。

人に言うくらいなら私に言って欲しかった。
辛かった。心がえぐられるほど傷ついた。

その後、友人の紹介で何人かとデートしたが、最初はみんなガツガツとデートを申し込んでくれるのに、何度か相手に合わせて時間を作って会っているうちにフェードアウトしていった。

私は、別れるとか断るとかの労力を惜しまれる存在なのだ。
引き際は自分で決められない。動き始めた心もその後の行き場を無くし情緒不安定になる。
そんな私を救ってくれたのが郁美であり、郁美が進めてくれたのが漫画の世界だった。

必ずハッピーエンドが約束される世界。バッドエンドでも救いがある世界。
この世界なら私は平常心を保っていられる。
だから私は恋をしないと決めた。

それなのに、私は八重樫君を好きになってしまっていた。
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