黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
女が自分のものと自覚した男はこんな風に女が本気になっていくと逆に冷めていってしまうなんて事は分かりきっていた。

それなのに私は……バカだ。大バカ者だ。

部屋中にコーヒーの良い香りが立ち込める。
はぁ、香りに癒される。
一喜一憂している場合じゃない。
この恋はいつか終わる。

それなら後悔しないように、あの一歩を踏み出したことを良かったと思えるように沢山楽しい思い出を作ろう。

「はい、どうぞ」

私は笑顔で八重樫君に淹れたてのコーヒーを渡した。

八重樫君はありがとうと言いながらもスマホから目を離さずコーヒーカップはテーブルの上に置かれた。

たかがドリップパックで淹れたコーヒーだけど、なんとなく寂しく思う。でもそれは私が八重樫君に期待してしまっているからだ。

いつもの笑顔でありがとうと言ってくれる事を期待していた。

期待をし始めると色々な事が上手く行かなくなる。
期待しちゃだめだ。
私はコーヒーを飲みながらテレビをつけた。

見たいと思っていた映画のCMがcoming soonから大ヒット上映中!に変わって流れていた。

「この映画楽しそうだよね」

「ん? ああ、今度観よっか」

八重樫君の返事はかなりあっさりしている。

横目で八重樫君のスマホを見る事はできたが、それをしてしまうと取り返しがつかないように思えた。

「今日観たい」

どうせ毎週土曜は2人で映画を観に行っている。
普段はそれぞれ思い思いに夕方まで時間を過ごし、外で待ち合わせしたり、一緒に家を出てご飯を食べたりして映画館に行き、その時見たい映画を選んでいる。

だから朝から見る映画を決めることはほとんどない。ましてや私から主張するのは今まで一回もなかった。

でも、さっきから私を見てくれない八重樫君に私を見て欲しくて言ってしまった。

私にだって見たいものややりたいこと、心はあるんだと主張してみたが、八重樫君ははっきりと冷静に「無理」と言った。

無理? あの映画は見たくないってこと? それとも映画は一緒に行けないってこと?

確かに映画を観に行くのは決まり事ではなく、ただ流れでそうなっているだけだ。

だから八重樫君が誰かと出かけようが、映画を観に行かないと決めようが約束を破るという行為には当てはまらない。

それでもなんだかこれまで築いていたものが一瞬にして崩れ落ちていきそうな何かがあった。

呆然とする私に八重樫君は「ここ行きたいから」とスマホの画面を見せてきた。

スマホの画面に映し出されているのは科学館の文字。
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