黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜

「双葉って本当に良い子だな。でもこれ以上俺の決意を揺るがさないよう今日は寝てください」

「決意？」

「いいからほら早く寝て」

決意ってなんだろう。

キスもしてくれない八重樫君は何を一人で決意してしまったんだろう。
やっぱり私には残された時間は短いのだろう。

それから私は、八重樫君と楽しい日々を過ごすことだけに集中した。
だが彼から私にキスをする事はなかった。

「二条君、二条君聞いてるかい？」

「あ、すみません」

部長の声にすぐに反応ができなかった。

「最近元気なさそうだけど大丈夫か？」

さすがに3週間経つと気持ちが滅入ってしまう。

寝る時は優しく抱きしめてくれるし、私がキスをすると受け入れてくれる。

だがキスを返してはくれない。

八重樫君はここ最近会社を早く上がっても帰ってくるのは遅い。

土曜は朝から深夜までどこかに出掛けている。映画も観に行っていない。
他に好きな人ができてデートをしているのだろうか。
ほのかにではあるが、たまにフローラルな匂いをつけて帰ってくる事がある。

でもなにも聞けない。

八重樫君に好きな人ができたとしたら、八重樫君の気持ちを聞いてしまったら、私は八重樫君を解放してあげなければならない。

だからもう少しだけ、心の準備をする時間をください。

「大丈夫です」

私は部長に返事をした。

「そう言えば、歓迎会の時の約束守れてなかったな。今日、飯でもどうかな？」

「いえ、気にしないでください。それに先日ご馳走してくれたじゃないですか」

「あれは怪我のお詫びだ。あぁ、柊ひいらぎ君も呼んで3人でどうかな？」

そう言うと部長はたまたま打ち合わせ場所を通り過ぎる営業職のサバサバ系お姉さんの柊さんを引き止めた。

「柊君、今日夜予定ある？　二条さんと3人で夕食でもどうかな？」

「奢りならいいですよ」

「もちろんだ。な、二条君も行こう」

「でも……」

「二条さん行かないんですか？」

「二条君、最近疲れているみたいで、栄養あるものをと思って誘ったんだけど、さすがにおじさんと2人きりは嫌だったみたいで」

「そういう意味じゃなくて」

「じゃあ二条さんも行きましょう。気分転換にもなるかもよ。私オススメのビストロがあるんです。そこ行きましょう」

柊さんの押しに負けて私は渋々承諾し、八重樫君に連絡を入れて食事に行った。

柊さんは私の噂のことを気にかけてくれていた。
私に声をかけようと思ったことは何度かあったようだが、柊さんが表に立てば更に反感を買う可能性もあるため何もできずにいたらしい。

だから今日、部長が声をかけてくれていい機会だと思ったようだ。

愚痴を聞くことならできるからと言ってくれた。

私は大丈夫ですと伝えた。