黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
だって、社内に私のことを気にしてくれる人が2人もいる。
一人でも二人でも、誰かが私のことを分かって気にかけていくれていることに救われた。

柊さんが言うには変な噂を信じているのは一部で、課長含め多くの社員は全く信じていないらしい。
理由は簡単だった。噂を持ち込んでいる人が駒田君だからだ。
駒田君の話を信じるのは一部の噂好き社員だけらしい。
私はほっとした。でも同時に八重樫君が信じている一人なのだと思うと悲しくなった。

その後、部長と柊さんは意気投合し、2軒目と消えていった。

私がレストランから最寄り駅まで1人で歩いていると改札口付近に見たことのある人影が目に飛び込んできた。

「蓮。どうしてここに?」

「一応、迎えにきた」

「ありがとう!」

「部長は?」

「柊さんと2軒目に行ったよ。何か2人良い感じだった」

「そっ」

一瞬私は喜んでしまったが、八重樫君はそれ以上何も言わず、ロータリーに止まっていた車に乗り込んだ。

私はその姿を見て終わりが近いのを感じていた。

「ごめん」と八重樫君には届かない声で言うと走って改札を抜けた。

乗り込んだ電車はどこ行きかも分からない。
勝手に終わられるより自分から終わらせたい。
最後の抵抗は全てを投げ捨てるような物だった。

電車はには大勢の人が乗ってくる。
押しつぶされて、押されて反対のドアが開いた時に外に出された。

自分の意思で立ち続けることすらできない。
まさに私の恋と同じだ。
気がつくと自分は蚊帳の外。

私は改札を出て気ままに歩き始めた。
仕事も恋も失うなんて最悪だ。

公園を見つけ、誰もいないベンチに腰を下ろした。
夏が近いとはいえ、夜の公園は肌寒く、暗くて怖かったがそれ以上にこれから訪れる現実の方が怖くて仕方がなかった。

人を好きになるのはこれで最後にしよう。
こんなにも辛く、こんなにも愛おしい気持ちの最後は八重樫君がいい。

毎日が楽しかった。
彼がくれた日々は一つ一つが宝物だった。

優しい八重樫君
悪戯好きの八重樫君
甘えん坊な八重樫君
ヤキモチ焼きな八重樫君

どれも私が大好きな八重樫君。最後は笑顔でありがとうと言いたい。

「何でこんな所にいるの? ハァハァ……」

「蓮、何で」

走ってきたようで八重樫君は息を切らしながら中腰になっている。

「何でって、急に電車に乗るし」

「そうじゃなくて、何でここを?」

「ああ、こういうことがあるだろうからって郁美さんがお互いの場所が分かるアプリ入れといた」

郁美……。彼女には全て見通されている。

「言っとくけど、今日以外は見てないよ。それにこれ結構適当で、探すの苦労した。あー、でも無事でよかった……」

「心配かけてごめん」

「泣いてるの?」

涙は収まっていなかった。
震える声に八重樫君は気が付いたのだろう。
私は立ち上がり、八重樫君の近くに向かった。

「今までずっと傍にいてくれてありがとう」

私は必死に言葉を紡ぎ出す。

「私、今でも蓮が大好きだよ。蓮に好きになってもらえて本当に嬉しかった。こんなに幸せな日々を過ごせたのも蓮のお陰。最後に恋させてくれてありがとう」

「双葉……」
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