美しき禁断の果実
婚約者を腹違いの妹に寝取られた私に、新しい仕事が与えられた。
それは、婚約のあった本郷家のライバル会社である朔間家との縁談だった。
朔間家の長男、朔間雪吾朗。
どうやら、こんな渋い名前の男と私が結婚することになるらしい。
まぁ、苗字だけでも普通で良かったわ。
朔間美織、なかなか悪くはないものね。
「朔間家は伝統も家柄も無い、ただの成金だが仕方あるまい。背に腹は抱えられないからな。本郷家に恥をかかされた今、朝比奈家に怖いものなど何もないわ!」
そんな風にかっかっかっと、高笑いをする自分の父親を冷めた目で見つめながら、私は雪吾朗なる男に会うのが楽しみだった。
否、早く朝比奈家から出ていきたかったのだ。
好きな人も射止められず、高慢ちきな父親がいるだけの朝比奈家など、私にとってはもはや何の価値もない。
今の私には、元婚約者にも認められた「強かさ」だけしか残ってはいないのよ。
失恋が何よ。
朝比奈家が何よ。
好きでもない人との縁談が何よ。
私はその全てを踏み台にするわ。
その屍を超えて、いつか私は頂点に立つのよ。
だって、私は嘘つきで、強かで、傲慢な、朝比奈家の長女なのだから。
紛れもなく、あの父親の血を引いた子供なのだから。
そうよ、雪吾朗という男も、私の前ではただの駒でしかないのよ。
そんな思いを抱え、私は雪吾朗と顔を合わせることになったのだった。
よく晴れた早春の空だった。
伝統的な数寄屋造りが趣ある料亭の一室で私たちは初めて顔を合わせた。
朔間雪五朗は見事な体躯をした男だった。
夜露に濡れたみたいに漆黒の髪が艶めいている。
しかし、彼は私を一目見るや否や鋭い眼光で見据えてくる。
精悍な顔立ちをしているが故にその眼差しはどこか冷たさを備えていた。
……睨まれている?
私のことが気に入らないのかしら。
まぁ政略結婚なんてそんなものよね。
ふぅ、と溜息を吐く。
すると、雪五朗が身体の大きさに似合わない素早さで私の側に来ていた。
驚いて声も出ない私の額に手を当てて、彼は私の顔を覗き込む。
ひんやりとした節だった指先が、知らず知らずのうちに私の心を瓦解しようとしていた。
「疲れているのではないですか」
心地よい低音が私の腰に響く。
ぞわりと背中が震えた、ような気がした。
「い、いえ。……お心遣いありがとうございます」
その近さに思わず下を向いた私の頸に、無表情な彼の視線が集まっているのを感じ、またぞわぞわとした感覚が私の身体を這う。
なんだか嫌な予感がした。理性では制御しきれない何者かに翻弄される、そんな予感だ。
その後、懐石料理を堪能したあと日本庭園を暫し散歩するも、雪五朗は終始無口であった。
こうして特に会話をすることもなく、気まずいままに顔合わせは終了した。
全く感情の読めない人が旦那になるだなんてどうしたものか、と頭を抱えた。
これでは私をどう演出すれば気に入られるのか分からないじゃない。
だんだんと腹立たしくなってきた私は、近くの公園へと足を向ける。
それは、婚約のあった本郷家のライバル会社である朔間家との縁談だった。
朔間家の長男、朔間雪吾朗。
どうやら、こんな渋い名前の男と私が結婚することになるらしい。
まぁ、苗字だけでも普通で良かったわ。
朔間美織、なかなか悪くはないものね。
「朔間家は伝統も家柄も無い、ただの成金だが仕方あるまい。背に腹は抱えられないからな。本郷家に恥をかかされた今、朝比奈家に怖いものなど何もないわ!」
そんな風にかっかっかっと、高笑いをする自分の父親を冷めた目で見つめながら、私は雪吾朗なる男に会うのが楽しみだった。
否、早く朝比奈家から出ていきたかったのだ。
好きな人も射止められず、高慢ちきな父親がいるだけの朝比奈家など、私にとってはもはや何の価値もない。
今の私には、元婚約者にも認められた「強かさ」だけしか残ってはいないのよ。
失恋が何よ。
朝比奈家が何よ。
好きでもない人との縁談が何よ。
私はその全てを踏み台にするわ。
その屍を超えて、いつか私は頂点に立つのよ。
だって、私は嘘つきで、強かで、傲慢な、朝比奈家の長女なのだから。
紛れもなく、あの父親の血を引いた子供なのだから。
そうよ、雪吾朗という男も、私の前ではただの駒でしかないのよ。
そんな思いを抱え、私は雪吾朗と顔を合わせることになったのだった。
よく晴れた早春の空だった。
伝統的な数寄屋造りが趣ある料亭の一室で私たちは初めて顔を合わせた。
朔間雪五朗は見事な体躯をした男だった。
夜露に濡れたみたいに漆黒の髪が艶めいている。
しかし、彼は私を一目見るや否や鋭い眼光で見据えてくる。
精悍な顔立ちをしているが故にその眼差しはどこか冷たさを備えていた。
……睨まれている?
私のことが気に入らないのかしら。
まぁ政略結婚なんてそんなものよね。
ふぅ、と溜息を吐く。
すると、雪五朗が身体の大きさに似合わない素早さで私の側に来ていた。
驚いて声も出ない私の額に手を当てて、彼は私の顔を覗き込む。
ひんやりとした節だった指先が、知らず知らずのうちに私の心を瓦解しようとしていた。
「疲れているのではないですか」
心地よい低音が私の腰に響く。
ぞわりと背中が震えた、ような気がした。
「い、いえ。……お心遣いありがとうございます」
その近さに思わず下を向いた私の頸に、無表情な彼の視線が集まっているのを感じ、またぞわぞわとした感覚が私の身体を這う。
なんだか嫌な予感がした。理性では制御しきれない何者かに翻弄される、そんな予感だ。
その後、懐石料理を堪能したあと日本庭園を暫し散歩するも、雪五朗は終始無口であった。
こうして特に会話をすることもなく、気まずいままに顔合わせは終了した。
全く感情の読めない人が旦那になるだなんてどうしたものか、と頭を抱えた。
これでは私をどう演出すれば気に入られるのか分からないじゃない。
だんだんと腹立たしくなってきた私は、近くの公園へと足を向ける。
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