美しき禁断の果実
三月の空はどこか寂寥感を漂わせていたことを今でもよく覚えている。

そこは料亭の一室だった。
初恋の君と再会出来る幸運に俺の胸は終始高鳴りっぱなしだ。

緊張で喉がからからに渇いていた。

上手くいかなかったらどうしようか。
不安ばかりが俺の心に巣食っている。

手にしたチャンスを逃すような真似はしたくなかった。

例え政略結婚でも構わない。
かつて一度は諦めた恋をもう一度手にすることが出来るのなら何だって良かったのだから。

襖の開かれる音が静寂な室内に聞こえた。
俺は顔を上げて入ってきた人物に視線を送る。

そこには愛してやまない彼女がいた。
朝比奈美織、その人だった。

儚げな美少女然としていて、けれどもその奥底には女狐のような狡猾さが隠れていることを俺は知っていた。

恐らく、俺だけが知っていた。

望んだ邂逅に切なさが溢れた。
胸いっぱいに膨らんだそれは痛みを伴って俺の身体中を駆け巡っていく。

あぁ、今すぐにでも連れ去ってしまいたい。

俺は自らの欲望を必死に抑えた。
気が付けば喉を嚥下させ、目の前の獲物を観察していた。

楽園の林檎の樹が木漏れ日に揺れている。
あの日が俺の前に再び現れたのだ。

そこに俺はエデンの園を見出していた。
美しき禁断の果実は、既に俺の手の中にあった。
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