帰り道、きみの近くに誰かいる

※ ※ ※


長い夢を見て疲れが取れないまま朝を迎えた。


暗く黒く塗りつぶしたような夢は、いつまでも長い夜を過ごしていたような気分になった。


カーテンから差す朝日が眩しい。

朝が来たことに安心をした。


ふと、昨日の先輩との会話を思い出した私は大きくため息をつく。


なぜあんなに自分のことを話してしまったのだろう。

自分が夜道を歩けないということ。

誰にも話してなかったのに、なぜ先輩には話せたのか。


理由は分からなかったが、何でも受け入れてくれそうな安心感が彼にはあった。

自分自身を知って欲しいと思えた。不思議だったが、彼と話をした後は心のつっかえが取れたような気がした。


ーー夜道が歩けない。

それだけを伝えたが先輩はそれ以上何も聞いては来なかった。

きっと変に思われただろう、夜道が歩けないなんて。

だけど、なぜ歩けないのか?
どうしてそんなことになったのか?


追求して質問をしてこなかった。


まるで全てを受け止めるように、「わかった」とその一言だけだった。

それだけで救われたような気がした。助けてくれるような気がした。



そんな先輩にもっと自分のことを知ってほしいと思ってしまった。


「おかしいなぁ…」


誰かに対してそこまで思えたのは初めてだったのだ。



自分の部屋で学校に行く準備をして、朝ご飯を食べずに玄関に直行する。

リビングでお母さんが支度をしている音が聞こえてきたが、声もかけずに出発した。

駅までの道のりをサラリーマンや学生が徒歩や自転車で行き交い、車もよく通る。


後ろを振り返ると背後には誰もいなかった。

安心したように大きく息を吸って吐く。



不審者と出会して3日目。


通学中、あの男が現れることはなかった。

だけど油断をしてはいけなかった。





学校に着くと玄関に向かい、上履きを履き替えようとした。

だけどその時、靴箱に小さな紙切れが入っていることに気づく。


何かメッセージが書かれている。

中身を見ると、心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けた。



そこにはこう書かれていた。



《お前のことを許さない》


その紙を見つめたまま、しばらく呆然としていた。

近くに同じクラスメイトの人が靴を脱ぎに来た為、慌ててその紙を握りつぶした。


ーーお前のことを許さない。


何のこと?混乱だ。だけど自分の靴箱に入っていた紙なのだから、私に対するメッセージだということは確実だった。だけどいったい誰が…。


普段と変わらず自分の教室は向かうが、頭の中は真っ白だった。手の中には握りつぶした紙がある。


落ち着いて席について、もう一度ぐしゃぐしゃに縮まった紙を見た。

自分に対するメッセージは消えることなく、ハッキリと書かれていた。鋭く突き刺さる言葉だった。


ーー私のことを許さない人がこの学校のどこかにいる。そう思った。



ふと顔を上げると、偶然目が合ったのは桑田雅だった。


目が合ったというよりは桑田さんはこっちに向かって歩いてきている途中だった。

その様子から良い話を持ってくるような予想は出来なかった。


私が座っている席まで歩いてきて「西野さん」と声をかけてくる。



「ちょっと話したいことがあるんだけど、放課後いいかな?」


相変わらず桑田さんの声は尖っていて、不機嫌な表情からは、断りづらい雰囲気を醸し出していた。


「廉くんのことなんだけど」


言われなくても何となく分かっていた。

桑田さんから話しかけられたことは大抵、清宮先輩のことだ。

昨日、先輩とは関わらない方がいいと釘を打たれていた。

だけど、一緒に帰ったのを見られたのか。


まだ手の中に握りつぶした紙に、神経を集中させる。手汗が滲み出ていく。



もしかして、桑田さんがこのメッセージを靴箱に入れたのか。

先輩に近づいたから、こんなメッセージを入れたのか。


桑田さんは私の返事を待たないうちに、私の前から去っていった。


私は手に持っていた紙をスカートのポケットの中に入れた。


ーーいったい、誰がこんなメッセージを自分に伝えようとしたのか。そして、何の為に…。

私は戸惑いを隠せなかった。
< 12 / 52 >

この作品をシェア

pagetop