帰り道、きみの近くに誰かいる
帰宅時間
「はーーい、静かに!おい、そこうるさい!聞いとけよー大事な連絡だから。ここ最近、通り魔事件があったらしい。被害者は中学生で、軽症だった。犯人はまだ捕まっていない。特徴は、50代くらいの男で髪は白髪交じり。体格は大柄で、上下黒のジャージを着ていて、それで・・・。」
毎日変化のない、いつもと変わらないホームルーム。
高校入学してから半年が経つ教室は慣れ親しんだ会話が飛び交っていた。窓際の席から見える空一面の景色は、オレンジ色に染まった秋雲が浮いている。そんな景色をじっと見つめ、焦りを感じていた。早く、ホームルーム終わらないかな。先生の話をよく聞かずに空の色ばかりを気にする。
「とりあえず、旭町に住んでる生徒は特に気をつけなさい」
ーーーー旭町。その言葉が聞こえてきて先生の方に目線を向けた私、西野莉子は生まれてから16年間、旭町付近に住んでいる。
旭町で通り魔事件が出たという情報。その言葉の響きが怖い。
旭町は住宅が集う町で交番もあるし、人通りもある。
だけど、最近の世の中は怖いニュースばかり、目に付く。普段テレビに映っている自分とは関係ない場所や他人に起こっている悪い事件が、いつ自分の目の前に襲いかかるのか誰にだって予想はつかない。
「以上で連絡は終わり。ホームルーム終了!みんな気をつけて帰りなさい」
その一言でホームルームは簡潔に終えた。教室の中は騒ぎ始め、通り魔事件の話を一瞬で忘れたかのようにそれぞれ帰宅準備をし始める。
そんな話を聞いたばかりだから、その日は早く帰りたかった。だけどそんな日に限って、予定の帰宅時間が大幅にずれることになったのだ。
ーーー〈電車遅延情報〉
教室を出る前に携帯のサイトを見てその情報が入ってきた。いつも帰りにチェックをしている内容だ。人身事故の為、電車が遅延しているとのことだった。その電車は普段乗っている路線だった。その情報を見て急いで教室から出た。
歩く足が自然と幅を広げていく。意識のないままがむしゃらに走っていた。
ーーーー早く帰らなければならないのに。
間に合わないかもしれない。
心臓が暴れるのを止められず、息が上がるばかりだった。放課後がまだ始まったばかりの賑やかな教室を通りすぎる。
靴箱へと繋がる廊下に、窓からオレンジ色の光が指していた。
学校から出ると最寄り駅へと向かった。駅へと続く並木道は帰宅をする会社員や学生が歩いていて、私は人を避けながらぶつからないように走った。
駅に着き、電車を心落ち着きなく待っていた。
遅延情報が流れる電光掲示板を見上げている人達の群れに混ざり、何も出来ずに立ち止まる。その時間はとてつもなく長く感じた。
しばらく待っているとやっと止まっていた路線の電車が動き始める。しかし、いつも乗る時間より1時間も遅い発車となった。
電車に乗り、四つの駅を過ぎて五つ目の駅に停車。ホームに降りるとそのまま急ぎ足で改札から出た。そのとき、秋の冷たさを感じる風が私の横を通り過ぎた。
最寄駅から出た目の前の景色は辺りが暗い。地元の街に帰ってきたときには既に日は暮れていた。駅から出て二本の並木道に挟まれた一本の道路には、ライトの灯りをつけた数台の車が走っている。
上を見上げるとまだ少し明るい空にぼんやりと浮かぶ白い月。ソレはだんだんと顔を出してきた。
自分が乗る電車がここまで遅くなることはなかったから油断したのだ。いろんなことを予測して逆計算をして時間通りに帰っていればこんなことにはならなかった。
なぜそれができなかったのか、と後悔が押し寄せていた。中学生の頃から持っているお気に入りの腕時計の針を見ながら。
制服のスカートがめくれるのを気にせず走っていた。絡まりそうになる足を懸命に動かした。
前へ。前へと。走らなければならなかった。夜が来る前に、私は帰らなければならない一つの理由があるから。
「早く…早く…」
唱えるように、心のなかで言い続けた。