帰り道、きみの近くに誰かいる

「そんな大事なこと話してくれて、本当にありがとう」



先輩に言われて、俯いていた顔を上げた。
彼の背後の景色に視線を動かす。


何気なく見上げた先には、無数の星空が流れる夜空があった。




「綺麗…」

さっきまで暗い話をしていたのに、その光景に思わず声が漏れた。先輩も同じように上を見上げる。

私が何年振りかに見る夜空。ここしばらくは、夜の間、1人で部屋にこもって窓の外を覗くこともなかった。

すぐ近くにあるようで、遠い存在だった夜空。
しっかりと星が見える。大きい星や小さい星の違いが見て分かる。

「綺麗だね、最近俺もあまり見上げる事なかった」

先輩は見上げたまま言った。どこの星を見て、綺麗だと言ったのだろう。お互いが見ている星がどれなのか、きっと数が多くて指差して教えることはできない。

だけど一緒の気持ちわ味わえるこの空間が心地良かった。寒くて頬も手も冷えるけど、ずっとこのまま見上げていたいと思った。

「意外に夜でも明るいんですね、月と星のおかげで」

「すごく明るいよ。意外と夜は暗くないんだよ。都会へ行けばもっと明るいところもある。ちゃんと電灯の光もある。決して真っ暗なわけじゃないから、大丈夫。たとえ夜でも明るい場所に逃げたらいい。…もう少し、道に出てみる?」

私は家の門から道路の方に出ていない。少しずつ、道の方に足を踏み入れてみる。不思議だ。今日は気持ち的に大丈夫そうだった。


一応、息を整えるように深呼吸をして上を見上げた。やっぱり、どこの場所な移動しても夜空の景色は変わらなかった。変わらず、月と星は輝き続けていた。しばらく綺麗なものを見つめていると、父を失った切なさが込み上げてくる。



「父は、空から見守ってくれてるんでしょうか」


父のことを想うと、そんな言葉が口から出た。
何を言っているんだろう、と自分自身に笑う。



「すみません、可笑しなことを言って」


自分でも恥ずかしいと思った。

父が星でも月になってでも、昼でも夜でも自分を空から見ていてくれてるなんて。


「もちろん、ずっと見守ってくれてるよ」

私は少し恥ずかしく思ったが、先輩はその通りだ、と肯定してくれた。

駄目だ、泣きそうになる。
必死に堪えた。

今はまだ歩けないかもしれないけど、こうして夜空は道を照らしてくれている。

真っ暗だと歩けないから、前が見えるようにしっかりと。そしてずっと追いかけてくれる。

輝いてくれる。


父が頑張って照らしてくれてるのだと思うと、見守られる安心感が生まれた。


「怖くない?今、暗いけど」

「怖くないです。星が見れて、なんだか楽しい」

「よかった」


そう言って微笑む先輩を見て思った。
無数の星よりも、夜空に1番輝く月が、彼の顔を青白く照らす。月みたいな人だと思った。優しく照らして見守ってくれる月。

いつも、そばにいて、すぐ近くにいたのに気づかなかった。どんなに真っ黒な世界でも彼が近くにいるなら歩いていけるかもしれない。そして、まだ一緒にいたい。こうして、一緒に夜空を見たいと思えた。


「冬の花火大会も、行けるといいね」


呟くように先輩は言った。同じ思いでいてくれていることに私は嬉しかった。

花火大会に行くとしたら、夜、この家を出て歩いて電車に乗って暗闇の中を歩く。そんなことが出来るだろうか。

先輩が隣にいても夜道に恐怖を感じるのだろうか。その行動は想像が出来ず、未知の世界だった。

でも今、この夜の時間は怖くない。それは私にとって大きな進歩だった。


「あれだ。もし無理そうなら、今度手持ち花火をやろう。持ってくるよ。庭なら出来るでしょ」

先輩は楽しそうに言う。

「手持ち花火…久しくしてないです。好きでした、花火に火がつく音とか、線香花火の音も。そして匂いも好きです。季節を感じれて」

「俺も好き。もう冬だけどね。冬の手持ち花火も楽しそうじゃん。やろうよ。楽しめる方法なんて色々あるから」

一緒に楽しむ方法を考えてくれて嬉しいけど、できれば冬の花火大会に行きたい。大丈夫な気がする。だって、こうして落ち着いて会話することもできるし胸も苦しくならない。

夜空を見上げて、綺麗だと言える余裕さえある。大丈夫。きっと大丈夫だ。


「今週の休み、母が仕事が休みの時にゆっくり話します。先輩のおかげで勇気が持てました」


そう言うと、先輩は微笑んだ。相変わらずの優しい笑みだった。背中を押してくれた彼には感謝しかなかった。

母と話す。もう決めた。
そして全てを知る。今度こそ、父と向き合う時だ。



だけど、この時、先輩はどんな思いをしていたのだろう。

本当の気持ちは、何を考えていたのだろう。

この時の私にとっては何も分からないことだった。

人の気持ちを、他人が分かるはずなんてない。



共に見上げた星空が同じ景色だったとしても、彼が星にどんな祈りをしたのかも分からない。


何も分からなかった私は必死に夜空に向かって、またこんなふうに夜を過ごせる日が来ますように、と祈った。




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