帰り道、きみの近くに誰かいる


「莉子。お母さんは莉子にあんなことを言ってしまったけど、自分に責任を負わないで。あの事件でお父さんが死んでしまったことに。自分のせいだとは思わないで」


1番気にしていた責任を、母は否定してくれた。もう自分のせいだと思って苦しみを抱え込もうとするのはやめにしよう。
そう思いたかった。だけど。


「私は…あの日、出かけてしまって、迎えに来てくれようとしたお父さんが被害に遭ってしまった。私が出かけなければって、何度も思ったの」


その事実は確かだった。その返事は母は首を横に振る。


「あなたにはちゃんと、一から、あの日のことを話しましょう」



母はもう一口お茶を飲み、喉を潤した。それを真似するように私も一口飲む。飲んだお茶がいつもより口の中で苦味を敏感に感じた。



「莉子があの日、お父さんと喧嘩した直後に出かけて。あれからお父さんは心配してた。去年、莉子が行った花火大会のお祭りで、被害にあった学生の事件があったから。それを覚えてる?」


父の事件があった前の年に、花火大会に行った女子生徒が帰り道に通り魔に遭った事件が起きていた。

その子は命を取り留めたが、腕を切りつけられて財布を取られるという被害だった。

知らない女の子ではあったが年齢が一緒の子だった為、強く記憶には残っていた。


「お父さん、その件があったから莉子のことを心配しててね。でも莉子に楽しんでもらいたいからお友達の家に泊まりに行かせてあげたかったって。あんなに莉子が行きたいって言ったのも珍しかったから。お父さんすごく悩んでたのよ、きつく言い過ぎたって。だから謝りにいく目的で莉子を迎えに行くと言って、出ていったの」


2人が仲直りして帰ってくると思ってた。母は寂しそうにそう言った。

父はそうだった。

いつでも私のことを考えてくれて、私が楽しそうにしていると自分も楽しそうにしてくれるような、そんな娘想いな人だった。

目に涙が溜まる。



「お父さんも莉子も帰ってこないから心配した。まずお父さんに電話をかけたけどかからなかったの。その後、莉子に電話をかけたわよね」


父の迎えのメッセージをもらって駅で待っていたが、父はなかなか迎えに来てくれなかった。

すると母から連絡がきた。『お父さんと連絡取れないの。お父さんと会えた?』と。

私も父に連絡を取ろうとしたが繋がらなかった。


なかなか帰ってこない父は渋滞に引っかかっているから。

きっとそうだ。


それに父は迎えに出掛けて行った後、携帯電話を忘れていることに母が気づいた。

連絡が取れないと私が困るだろうと思って、母は慌ててもう一台の車で迎えに行った。

全くお父さんは何をやってるんだ。

2人の間でそんな会話が流れた。だけど心の中では心配をしていた。何か事故に巻き込まれてないだろうか、と。それから数時間後、父に関する連絡が来たのは警察からだった。


「お母さんね、信じられなかったの」


まさか、お父さんが。事件に巻き込まれるなんて。命を落としてしまうなんて。被害者は何でお父さんだったんだろう。


「加害者は、お父さんとは面識のない子だった。その日初めて会った子だった」


ここからは神谷が話してくれた事実と重なる。

私が避けて聞こうとしなかった事実だ。


「なんで?って。そう疑問に思った。お父さん、職場でも友人の間でも誰にでも恨まれるような人じゃなかったの。信じられなかったわ。だから話を聞けば、お父さんとは全く関係のない別の学校の生徒が加害者だったと聞いてそれはそれで信じられなかった。何故、面識のない子がお父さんを殺したのか」

「本当だよ。何でその人は‥」


その人は、お父さんのことを刺したの?
言葉に出来ず、怒りが込み上げる。悲しみよりも怒りだ。

誰でもよかった、とかそんなのは絶対納得できない。


「花火大会の日、お父さんが莉子を迎えに行く途中、渋滞に巻き込まれるから近道を通るために、いつもとは通らない路地裏を走っていたみたいなの」


そこは旭町ではない隣町であるため、私はその現場を知らなかった。

想像でその光景を思い浮かべながら母の話を聞く。


「路地裏を走っている途中、そこで自分の学校の生徒がいるのが見えた。その子は学校の制服を着ていたからすぐに気づいたみたい。お父さんは道の端に車を止めて降りると、その子の元に向かった。そこで事件は起きたの」


「なんで降りたの?」


「近づいてみると、その生徒はお父さんの担当クラスの生徒でよく知っている子だった。そこにはその生徒以外に、加害者の高校生も一緒にいた。2人はお互い向かい合って話をしていたみたいだけど、おそらくお父さんはその2人を見て何か違和感を感じたのでしょうね。自分の生徒の子が困っていると気づき、その子たちの間に割り込んだの」


父の担当していたクラスの生徒1人と、加害者の高校生がトラブルを起こしていた。父はそこに出会した。

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