帰り道、きみの近くに誰かいる
神谷の言葉を思い出した。紡ぐように繋がっていく真実。
神谷も確か、父と加害者の他に、もう1人中学生の生徒がいたと言っていた。
神谷が言ってた、正体を探している中学生。
「お父さんがその二人のところに向かうと、やはり2人はトラブルを起こしていたの。実はその高校生の子が中学生の子の財布を取り上げて奪おうとしていたらしい。加害者の手にはその子の財布があった。その上、暴力をしようとして力強くで逃げ出そうとしたから、お父さんはその生徒を守ろうとしたの。穏便にその場を収めようとしたけど、だけど加害者の高校生の暴走は止められなくて、言い争いの後に…加害者の子はお父さんを刺してしまって…」
母が言い淀む。それからのことは想像もしたくなかった。
「加害者の生徒はまだ学生だったし、刺した動機は、むしゃくしゃしてた、との一言だった。注意されてその場の勢いで腹が立ってやってしまった、という簡単な理由。そんな一言で片付けられてしまうのもやるせなかったわ。もっと他にあったのか、どんな会話をしたいたのか、何があったのか。もっと聞きたかったけど」
「そのお父さんが助けた生徒もその場にいたの?」
「その子が通報してくれて事件が分かったのよ。お父さんは脇腹を刺されて、刺されたところが悪かったみたいで…」
脇腹が、同じように痛くなる感覚になった。
「ねえ、その中学生は今どうしてるの?その生徒から話を聞けないの?どのような経緯で、その子が加害者に絡まれてしまったのか、お父さんの最期はどんな感じだったのか…、なぜその中学生は無事だったのに、お父さんが刺されたのか…分からないことばかりじゃない」
私の問いかけに、母は残念そうにただ首を振ることしかしなかった。
「その生徒は元々、精神的に病気を患っていたみたいでその事件が起きたことで更に病状が悪くなったみたいでね。心を閉じてしまって、すべて話を聞き出すことができなかった。事件によって精神的ショックを受けた人の専門のカウンセラーが挟まれた状態で会話することしかできなかった。とにかくその日は、偶然加害者に出会い、財布を取られようとしてトラブルになった。それしか情報は分からなかった。どんな会話をしたのか、詳しくは聞くことはできなかった。警察には伝わっているのかもしれないけど」
その生徒は、お父さんの最期を知っている。神谷も探している人。他に何か真実を知っているかもしれない人。
「その生徒は今…何してるの。なんて名前の人なの?」
「えっと、ちょっと待って」
母はどこかの部屋に行き、何か探し物を見つけに行った。母が帰ってまでの間、私は大きくため息をつく。
今まで知らなかった事実が見えてきて、父のことを思うと苦しくなる。
父は最後まで生徒のことを考えていた。救おうと懸命に動いた。
神谷がきっとこの話を聞いても納得はいかないだろう。
神谷が話してくれた内容よりも詳しい情報はあまり出てこなかった。ただ、1人の生徒を助けようとして父は加害者に立ち向かった。それだけを聞いて、神谷は納得するのだろうか。果たして、何年前の事件のことを詳しく知りたいという方が難しいのではないか。
「お待たせ、あったわ」
お母さんが部屋から帰ってきた。手には紅色の手帳を持っている。手に収まりそうな小さなサイズだ。事件当時、取り調べが続く中、母はその手帳に事件のことをメモしたいたらしい。
その生徒の名前もメモしていると言った。
「連絡先は分からないの。彼も当時中学生で自分の携帯を持ってなかったみたいで直接彼に電話をかけることはできない。カウンセラー相手に話し合っていたから。でも中学校の名前と生徒の名前はは分かる」
母はぺらぺらと音を立てて、手帳を慌ただしくめくる。
その生徒の名前を知ってどうするのか。
どうしようもないが、今は出来るだけでも父に関することはすべて聞きたかった。
事件を知ることが私にとって良い方向へ向かうかは分からないが、自分の中の芯は強かった。
前のように逃げ続けていた私の姿はそこにはもうなかった。
「あった…お父さんが当時通っていた中学校は成城中学校」
母は指を指差さしながら、自分が書いたメモを追っていく。
次に母が発した彼の名前に、私は全身の巡りが止まったかのように体の動きが止まった。
彼の名前は、よく知っている名前だった。
「名前は……キヨミヤレン君」