帰り道、きみの近くに誰かいる
キヨミヤレン。清宮廉。
頭の中で何度も連呼した。
その生徒は、清宮先輩だった。
漢字も全く一緒だった。
「彼が1番、事件のことをよく知っているかもしれない。彼が話をしてくれて、あの日のことを聞かせてくれたらいいけど、難しそうね」
母ははそう言った。私はその生徒のことをよく知っている。それを母には言えなかった。
事件に関わっていた生徒は清宮先輩だった。
微笑みかけてくれる彼の顔が頭に浮かぶ。
自分の手が震えているが分かった。
先輩は事件のすべてを知っていた。私が彼に過去を話した時、彼はどんな想いでそれを聞いていたのだろう。
そもそも、全てを知っていてわざと、私に近づいたのだとしたら。
そして思い出した。
先輩の叔父である正さんとの会話。
『あなたのお父さんのことを知っています』
その言葉を思い出し、すべてが繋がっていく。
ーー先輩、なぜあなたは私に近づいたのですか?
頭の中で疑問ばかりが浮かんだ。
※ ※ ※
母と話したその日の晩、神谷から携帯に連絡が入ってきた。最初から高圧的な態度だった。
「母親に事件のことを聞いたか?」との一言だった。
神谷の目的は、事件の現場にいたもう1人の生徒の名前が明かされることだった。
その相手を知った時、神谷はどんな行動を取るのだろうか。
彼の動き方には予想もできない。そして全てを知ったところで彼は納得できるものがあるのだろうか。
私も分からなかった。自分がすべての事件の内容を知ったところで、次に進むべきなのはどこなのか。不安になった。前向きになれる、と、この前までは思えたのに。
先輩が事件に関わっていたと知った以上、足の動きは止まってしまった。何も動きようがなかった。
「事件の流れは聞いたけど、あなたから聞いた内容とは変わらない。それ以上のことは何も聞いていない。もう1人の生徒の存在も分からない」
私は淡々と言った。電話口で大きく息を吐いたのが聞こえた。そして舌打ちをする。
「何で分からないんだよ、母親も知らないのか」
彼はイライラしている様子だった。
「ねえ、分かったところでどうするの?」
神谷はしばらく黙っていた。その生徒が分かった時点で、神谷はどう動くのか。
「分からないなら調べる。1人で、必ず」
そう言うと勝手に電話は勢いよく切られた。
私からの問いかけは彼には聞こえていなかった。どうやって調べようとするのか。神谷の次の行動が想像できない。電話が切られた携帯をしばらく見つめていた。
次の週の月曜日、私は学校を休んだ。母から話を聞いた時から体が重かった。
先輩があの事件に関わっていたことを知ってから、そのことを考えるだけで体調が悪くなりそうだった。
事件について先輩に話をした日、先輩はどんな反応を見せていたのか思い返していた。
全てを知ってる上で、話を聞いてくれてた。
誰かに初めて自分のことを話すことは緊張や恐怖に溢れていたが、先輩は優しく受け入れてくれた。彼になら何でも話せると思った。そう思ってたのに。
なぜ言ってくれなかったのだろう。言ってくれたらよかったのに。包み隠さず自分のことを話していたのは私だけだった。
先輩は事件のことを隠して私に近寄ったのだ。
思い返せばおかしかった。不審者と出会して助けてくれたあの日から、自分への近寄り方が。
たしか、私の名前も知っていた。
そして誰かにまた追われたらいけないからと一緒に帰ってくれた、親切さ。
『莉子ちゃんのことが気になるから』
その言葉に自惚れてた。きっと理由があったんだ。
あんなに周りの人達に好かれるような人が、自分を気にかけてくれるなんて変な話だった。
もっと早く気づけばよかったんだ。
なぜ、どうして。問いかける疑問は彼本人に聞かないと分からない。だけど先輩に直接問いかけるのは怖い。
事件と関わっていた事実を彼本人から聞いた後、自分達の関係が変わっていくのではないか。壊れてしまうのではないか。そんな不安があった。
一緒に花火大会に行こうと誘ってくれた先輩。一緒に出かけたかった冬のお祭り。もし、あの事件を問いかけた時、先輩はどんな反応をするのだろう。
隠していたものが明かされた途端に、自分から離れていくのではないか。それなら、このまま事件のことは何も聞いてないと隠していけばいいのではないか。そう思った。
だけど、母との久々の会話をした日を思い出せば、自分達の冷たかった関係性は話し合うことで解かしていくことができた。話をするということはとても大事なことなのだと痛感した。
相手の本当の気持ちを知ることで、知らなかった自分を知ることも出来る。
隠したままの関係性で先輩とこれから向き合っていきたいのかと問われら、そうではなかった。
自分のことを知ってほしいから彼のことを知りたい。私にとって先輩に対する気持ちはそこまで深いものに変わっていた。
※ ※ ※
ーー学校を休んだ日の夜、先輩から電話が入った。
どんな未来になるか分からなくても、全てを知ると覚悟を決めた私は鳴り響く電話を取った。
『もしもし、莉子ちゃん』
携帯から聞こえる彼の声はいつもどんな時でも優しかった。