帰り道、きみの近くに誰かいる

桑田さんと話した後、昼休憩が終わるまでに先輩に連絡を取ろうとした。さっき、先輩から来たメッセージの返事をした。



《私もちゃんと、先輩と話がしたいです》



放課後になり、そのメッセージの返事はまだ来なかった。携帯を何度も確認する。夜に会いに行くと言ってくれたけど、放課後は何か用事があるのか。

神谷のことが頭に浮かんだ。


もしかして、先輩は神谷に接触するつもりではないだろうか。


頭の中で不安な憶測が生まれた。分からないけど、桑田さんの話を聞くところ、先輩は神谷の存在を知り、探し出そうとしているのではないかと思った。


メッセージを見ていないかもしれない。

私は電話をかける。だけど連絡はつかなかった。こんなに連絡が返ってこないのは心配になった。


先輩のいる教室に行ってみる。

教室にはいなかった。他の生徒に聞くと、もう帰っていると言われた。



どこにいるか分からない彼を探すのは合理的ではない。時間はかかり、外の景色は暗くなる。


私は一度家に帰ることにした。
今日会った時に話せばいい。だけど、不安は取り除かなかった。

用事は何?本当に家に来てくれる?


冬になるにつれて、学校が終わる時間にはもう夕焼け空が広がり、夜を迎える準備を進めていた。

空の動きは早い。

早く帰りなさい、と外から何かが呼びかけてくるように、窓から見える中庭の木々は揺れ、追い風が強く吹いている。

帰ろう。帰らなければならない。とにかく先輩からの連絡を家で待とうと決めた。彼はきっと、約束通り来てくれる。そう信じていた。


家に帰った時には、空は既に群青色で夜が始まろうとしていた。ついこの前までこの時間帯は夕焼け空で明るかったのに。自分の部屋から窓を覗いて不安になった。


夜が歩けなくなった時から、中学生の間は学校から家は近く、明るい時間に帰れた。

だけど、高校に上がってからは通学時間も長くなり、とくに今の寒い時期で日照時間が短い季節では家に帰った時には外は既に暗い。

ギリギリの時間だった。今は秋で、もし冬になったらどうなるのだろう。明るい時間に帰れるのだろうかと不安に思う。

誰かからメッセージが来た。音が鳴る携帯を慌てて見る。先輩ではなかった。神谷だ。



文章を2度見返した。




《今日、もう1人の生徒が話しかけてきた。あっちから名乗り出た。話があると言っていた。これから会って話をする》




そのメッセージを見た瞬間に、体が震える。


先輩から神谷に直接名乗り出た。どういうことか。メッセージを読んだ後、すぐに神谷に電話をかけた。相手はすぐに出た。



「どういうこと?名乗り出たって」

相手の声が聞こえる前に勢いで言う。


『今日、学校で話しかけられたんだ。事件について知っている。自分はあの事件に関わっているから何でも話す、と言われた。』

「なんで…」

『あと、言われたよ。すべてを話すからもう君には近づくなって。君、俺のことをべらべら喋ったの?』

私に近づくな?その代わりにすべてを話す?

先輩は私を守ろうとして神谷と接触するのだ。


「違う。そんな…」

『君を守ろうと何故か必死だ。やはり君は裏切り者だ。昨日も一緒に仲良くしている男がいると思ったら…そいつがもう1人の生徒だったなんて。君は知ってたんだ?』

「違う!私は知らなかった」



本当に知らなかった。まさか、彼が事件に関わっていた生徒だとは思わなかった。それを知らずにあの日、『犯人の弟に会った』と言ってしまった。先輩はあのとき既に、こうなることが想像できていたのか。



『君は裏切り者だ』

戸惑う私に、神谷は冷たく言い放った。



「何の話をするの?彼に何を求めるの?」

自分の声が低くなる。神谷に問いただす。


「彼は何も関係ない。彼だって、あの日の被害者だよ。何を言っても、もうあの事件があった事実は変わらない。過去は変わらない」


『うるさい』

私の言葉を遮り、神谷は大声を上げた。


『あいつはあの現場にいて、通報した。関係ないことはない。俺の兄貴は捕まってしまった。アイツだけが事件を知っている』

神谷の声は震えていた。


「ぶつけようがない苦しみを、先輩にぶつけるのはおかしい。そう思わないの?」

その返事にしばらく黙り、沈黙が流れる。


『とにかく、昔、あの事件が起きた現場に彼を呼び出した。
どんな結果になろうとも、俺は最後まで探し続ける。どうしても、俺は、兄が悪くなかったと、言い張りたい。そのためにアイツから話を聞くんだ』


その一言を最後に電話を一方的に切られた。
切られた携帯の画面を見て呆然とする。



先輩が危ないと思った。連絡しなければいけない。


私は先輩に電話をかけた。


電源は入っている。機械音が流れるのをただじっと我慢して聞いた。


どうか、出ますように。

彼と神谷を会わせないように。2人が会ってしまったらどんな展開になるかもわからない。



ふと、神谷と公園で話したあの日。


神谷の持っていたカッターを思い出した。暖かい部屋にいるのに背中に寒気が走った。カッターを常に持っているのかもしれない。


もし、先輩が危険な目に遭ってしまったら。






『もしもし?莉子ちゃん』


電話口から先輩の声が聞こえた。安堵感が生まれる。まだ、間に合う。そう思った。

< 38 / 52 >

この作品をシェア

pagetop