帰り道、きみの近くに誰かいる
こんなに身体が震えているのに、私は今、夜道を飛び出そうとしている。
夜道がこんなに怖いのに、なぜ夜道を走ろうという勇気が出たのか。
それは、きっと。
トラウマよりも怖いと思うものが出来たから。
空を見上げると、相変わらず星は輝いていた。
勇気と不安の二つの感情が絡み合っている。
何にも変換できない複雑な気持ちが、自分の中を渦巻いている。自分を苦しめてきた過去が走馬灯のように頭を駆け巡った。
だけど、先輩と出会った時の日、夜空を一緒に見上げた日を思い出した時、苦しみは一気に消し去られた。
この日、
数年ぶりに、
夜道を走り出した。
走っているとき、身体が浮かんでいるような感覚だった。まるで自分の身体じゃないかのように。
走っていく目の前の道が真っ暗で、足が止まりそうになる。だけど地面を照らすのは、お母さんからもらったライト。
そして、空を見上げると、無数の星。
月もあった。
私を包むように、追いかけてくれていた。白い月を見て、泣きそうになる。でも、怖くて泣きそうになったんじゃない。孤独に思っていた夜の世界は意外にも、見守ってくれるものがたくさんあるのだと気づいたから。
そのためにも、目的の場所へ走った。
夜に溶けていくかのように、走っている感覚がなくなっていく。
ただ、先輩への想いだけで、足は動いていた。
どうか。大切な人が傷つきませんように。
大丈夫。過呼吸は起きない。このまま走れそうだった。
ーー先輩、なぜ私に近づいたのですか?
ーーどうして私を守ろうとしてくれたのですか?
ーーあの事件で先輩は何を見ましたか?
まだ聞いてないことがたくさんあります。そしてたくさん話した後に、出来ることなら、花火大会に行きましょう。
心の中で話しかけた。
その時だった。
私は何かの存在を察した。
前にもこんなことがあった。
道路を挟んで並んでいる家の側に立ってある電柱に、人らしき影があった。
何かが。誰かが。
私を見ている。
走っていた自分の足は、地面から冷たさが上り詰め、体を震わせた。
ーーーー《《「旭町の住宅地に」》》
ーーーー《《「上下黒のジャージ」》》
ずっと前に旭町に現れていた通り魔の事件を思い出す。
いつの日か、ホームルームで先生が言っていた、あの通り魔事件の犯人の特徴はあまり覚えていない。まだあの犯人は捕まっていないということ。その情報だけは覚えていた。
男が私の横を通り過ぎようとする。
その瞬間、自分の体に重い衝撃が走った。
何が起きたのか分からなかった。
ただ、目の前の視界が大きく傾いた。
地面に倒れ込んでいるということを後から思い知る。通り過ぎた男は物凄い勢いでその場所から走り去った。
その男の背後を見つめるが、だんだん目が霞んでいく。
痛みはなかった。
感覚がなかったのかもしれない。
手で確認すると、自分の体から液体が流れているのが分かった。
赤色。血だった。そこで気づいた、私は刺されてしまった。
だんだんと真っ暗な世界が更に暗く塗りつぶされていく。
先輩の名前を呟く。
「先輩」
「先輩」
「先輩」
その瞬間に、もう目の前は見えなくなっていた。