帰り道、きみの近くに誰かいる







季節が巡り高校2年生になった私は、桑田雅とまた同じクラスになった。


最初は仲良くなることはないと思っていた彼女だが、お見舞いに来てくれた日以来、自分達は会話が出来るんだということを認識し、学校生活でも少しずつ話すようになった。

時には意見が合わずぶつかり合いをすることもあったが、それはそれでお互いのことを知ることが出来た。

友達の作り方って容易いものではないのだと知った。

それにいつだって友達が自分の都合の良いように、優しい言葉をかけてくれるわけじゃない。

だけど不思議といつでも一緒にいて安心するような人。

中学生以来、知ることができなかったその「友達」という存在。高校に入ってそんな人が出来るとは思わなかった。

どんなに失敗してもいい。一歩相手に歩み寄れば、きっと耳を傾けてくれる人がいる。そんなものでいいのだ。そんな気軽な考えでいいのだ。

きっと、それは「友達」という関係だけではなく、これから大学に行っても、社会人に行ってもきっと、人間関係を作っていく上で大事なことである。


中学生のときに感じていた世界は小さくて、そんなことを学ぶことも出来なかった。




今通っている学校は公立高校だから、生徒の進路も大体が大学進級の希望者が多い。

だから2年生から本格的に受験に向けてのモチベーションを上げさせられる。クラスも文系理系に分けられ、冬には既に受験対策の授業も始まっていく。


「莉子は決まってるの?」

県外の大学のパンフレットを眺めながら雅が質問をする。彼女が読んでいるものを見て、質問の中に主語がないが答えることは出来た。


「たぶん、県外に出る。国公立のどこか目指すよ」

あと学部もどこにするか決めていた。教育学部だ。それは父の影響でもあるの?と聞かれたら大いにそうかもしれない。いつも父の背中を見て育ってきたから。

私は父のようになりたかった。

その想いはだんだんと、教師になりたいという目標が出来たきっかけになった。



教育学部を中心に考え、どこの大学が良いか選んでいた。

学校を選べるほどの余裕を持つために猛勉強は必須だ。本気で勉強を続けていた。



「頑張れば、同じところを目指したら、いつかどこかで会えるのかもしれないって思うの」


私はそう言いながら英単語帳を開く。雅はうん、と控え目に頷いた。会いたい人は誰なのか、雅には気づかれている。

ーーあれから先輩とはどうなったのか。


雅と先輩は幼馴染であり、雅の親と先輩の叔父の正さんは昔からの知り合いであるため、先輩の進路については本人ではなく親を通じて、雅は話を聞いていた。


先輩は高校卒業したあと国立の大学に進学し、県外に引っ越したと聞いた。

教師になるために教育学部に入ったらしい。雅はその話を聞いて私に伝えてくれた時、「そっか」と一言だけ返事した。


声の病気が治っているのかどうかも、何も聞かなかった。


私が先輩の話ををなるべく避けていることに気づいているのか、雅は先輩の話題を持ち出さなくなった。


「なんとなく大学に行って、なんとなく就職して、なんとなく結婚するだろうなぁ、私は」


簡単にページを捲りながらパンフレットを見る雅は、幸せの一つの例を述べた。


「それもそれでなんとなく幸せなんだろね」と一言で締めくくる。なんとなく、と強調して言ってるけどそう言う人ほどちゃんと考えている。

壮大に、明確に。そしてそれは簡単に誰かに話すようなことをしない。


私のように目的があって進路を考える人もいれば、雅の言い方の「なんとなく」で考える人もいる。クラスでも半々だ。

どちらしても自分の将来がどうなるかは誰にしも分からない。

分からない道を歩まなければいけないのは皆平等である。


「とりあえず今日は休憩日。どこか寄り道して帰ろう」


学校終わりにどこかに食べに行こう、と今日の予定を決めて進路の話は終了した。

過去や未来を考えるよりも、今日一日のことを考えるだけで精一杯だ。


今週末はクラスの数人でお祭りに行こう、と予定を立てている。


彼氏彼女がいないメンバーだ。でも決して寂しいメンバーじゃない。その予定も楽しみにしている。勉強だけしていても息が詰まるから楽しむ日も作るべきだ。


母には今日帰りが遅くなると先に連絡して伝えておいた。きっと、家で一人淋しいだろうから、おいしいクッキーでも買って帰ろう。また明日の朝、2人で楽しむ時間が作れる。


放課後になり、帰宅準備が整った鞄を持つ。


鞄に母からもらったペンライトのキーホルダーがついている。


雅と肩を並び、学校の門を出て帰り道に出た。


当たり前のように友人と歩いて帰宅しているが、これも当たり前ではないと思ってる。



起きて、目が覚めて、息をして、学校に行って、学校を出て、時々遊んで、家に帰って、ご飯を食べて、寝る。

当たり前ではないことが痛いほど分かり、切なくなることがある。今日のような1日はもう一生来ない。







「莉子」


突然名前を呼ばれて振り返った。後ろに振り返ると、誰もいなかった。空耳だった。だけど時々ちゃんと聞こえている。



いつも誰かが、私の近くにいるような気がする。

特にこんな時に名前を呼ばれることがある。

一人で寂しい時。
夜道を歩く時。
つらくて逃げ出したくなる時。
励ますように、力を与えてくれるような声が時々聞こえる。

不思議なことが起こるものだ。そこには何もないのに、誰もいないのに。

『頑張れ』
と応援するように名前を呼んで声をかけてくれている気がした。

『大丈夫。頑張れるよ』と一応胸の中で返事をする。


確実に言えることは、前の私とは違うということだ。

今の自分だったら過去の思い出に圧倒的な差をつけていけるような輝かしい思い出を作ることが出来る気がする。

『今』が一番楽しいと思えるほどの明るい場所で。



そして、今日も疑問を持つ。空を見上げると。



ーーどうしてだろう。


一年間の春夏秋冬は、日照時間の長さが違う。


ーーなぜだろう。


午前七時を過ぎても公園で遊ぶ子供達の声が響く夏。早く陽が落ちる冬は、夜が来るのがとても早くかんじる。

誰かがいつも私の近くにいてほしいとずっと思っていた。朝は太陽の光が、体全体を包むように。


夜は、月が追いかけてくれて、道を照らしてくれるように。だけど、もう1人じゃない。




私の近くには、大切な人がいる。
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