帰り道、きみの近くに誰かいる










        

       あの日。

        小学校の卒業式の日。




式が終わった直後、教室に生徒全員と親が集まり、担任の先生の最後の挨拶が終わってからのこと。


「せっかくお母さんお父さんもいらっしゃるので、ここで一人ずつ、みんなからご両親に感謝の気持ちを伝えましょう」



先生の提案により、クラスの全員は「え〜ここで?」と声が上がりながらも、一人ずつ、その場にいる親の前で一言ずつ感謝の気持ちを述べた。



「今日まで育ててくれてありがとう」
その一言を言う生徒もいれば、
「いつも朝早く、美味しい朝ごはんを作ってくれてありがとう」と言う生徒。

「いつも宿題してなくて怒られてばっかりだったけど、ありがとう」と笑わせる生徒もいて、教室は和やかな雰囲気だった。



前の席の人が親に感謝の言葉を言い、次は私の番。

私のすぐ近くに母と父はいた。

二人は並んでこっちを見ている。

私は席から立ち上がる。


もう、恥ずかしいなぁと思いながら顔を下に向けて、


「お父さん、お母さん、いつもありがとう。私を産んでくれて、育ててくれてありがとう」



そう言った瞬間、私はなぜか涙が流れた。



泣くつもりはなかったのに、恥ずかしい。

そう思いながらぽろぽろと流れる涙を止めることが出来ず、感謝の言葉を言った後はすぐに席に座り、両親に背を向けた。


普段、言えないようなことを、みんなの前で言うことが恥ずかしくて泣けてしまったのか、どんな感情だったかは覚えていない。

ただ、産んでくれてありがとう、育ててくれてありがとうという気持ちは本心だった。

気持ちが溢れすぎて、泣けてしまったのか。それはよく分からない。


父と母がどんな反応をしていたのかも見ずに席に座ったため、2人がどんな表情をしているのか分からなかった。

だけど、きっと泣いてる私を見て笑っているんだろうなぁ、と思い返して恥ずかしくなる。


だけど、後から隣の席の友達が教えてくれた。




「莉子ちゃんが感謝の言葉言ってる時、莉子ちゃんのお父さん、見た?」


私は見てない、と首を横に振る。

そして友達の次の言葉に驚いた。



「すごく号泣してたよ」


えっ、と声が漏れた。



「すっごい泣きながらハンカチで目を押さえてて、それを見て莉子ちゃんのお母さん、横で笑ってた」



思わず、想像して笑ってしまった。笑いながら
、泣けてきた。

あぁ、お父さん、嬉しくて泣いてくれたんだ。


私の言葉に嬉しくて、喜んでくれたんだ。想像をして、なんだか面白くて笑いすぎて、涙は止まらなかった。


そのことを友達から聞いたことは父には話さなかった。

私が泣きながら感謝の言葉を言ったことも、父は何も話題に出してこなかった。

だけど、何も話さなくても通じる暖かいものが、親子の間であった。




その日の夜は、父と母と向かい合ってご飯を食べた。いつもよりご馳走だった。父は久しぶりにお酒を飲んで楽しそうだった。


母がキッチンで夕ご飯の後片付けをしている間、父と二人きりになったとき、父に言われた。


「莉子、お父さんは、昔からよく変わった人だって言われていたんだ」


突然そう言われた。


「僕は変わり者なのかなぁ?莉子、どう思う?」


私にとって父は目の前にいる父1人しか知らないのだから、変わり者だと言われてもぴんと来なかったが、父の周りの人にはよく言われていたらしい。


本人も変わり者と言われる理由は分かってないのだから、私が分かるはずがない。


「特に変人と言われてた時期は、お母さんと付き合い始める前の話だ。お母さんによく言われていた」


キッチンの方から笑い声が聞こえる。母に言われたのが1番記憶に強いらしい。私も思わず笑ってしまった。


「僕はね、お母さんと出会ったのはカフェだった。教師になりたての頃、僕は仕事終わりの帰宅途中でカフェに寄ったら、お母さんがそこで働いていた。そこで一目惚れした僕は、お母さんに猛アプローチしたんだ。お母さんは変人扱いをして全然僕の相手をしてくれなかったけど、振り向いてくれるように頑張ったんだ」



頑張った結果今こうして結婚出来ている。誇らしげに言う父に、またキッチンから笑い声が聞こえてきた。母が言った。



「本当に、変人だったのよ。もはやストーカー並みだった。お父さんね、私が働く姿を横目で見ながら、本を読むの。その本は何かなって気になって見てみたら、教科書を読んでた。普通カフェで教科書を読む?読まないでしょう?それもお母さんが仕事を終わる時間まで居座って。何度も何度も同じ一冊を。変わってる人だなぁって思った。もっと他にもいろいろ変人エピソードはあるのよ?でもね、お父さんは学校の先生だったから、いつもカフェに来ては生徒の話をしてくれた。生徒想いなのは良いところだなって思ってたけど」


そう言って母は笑ってた。きっと今の時間では話し足りないほどのエピソードがあって今があるんだろうなと思った。




「生徒想いは誰よりも負けない自信があるからなぁ」


父が高笑いしながら言う。今日の父はとても上機嫌だ。母と目配せしながら笑う。



「そんな過去があるから、今がある。だから莉子」


父は私の名を呼んだ。





「こんなお父さんみたいな変わり者でも、大事に、大切にしてくれる優しいお母さんみたいな人に莉子は出会ってほしいと思う」




そう言って、大きな手で私の頭を撫でる。



「莉子とお母さんが近くにいてくれて、お父さんは世界一幸せ者だ」



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