帰り道、きみの近くに誰かいる
学校から歩いて駅に着くと電車に乗った。
慣れた景色を眺めながら、ふと思う。今日はとくに疲れた一日だった、と。
いつものように5つ目の駅で降りて徒歩で家まで向かった。
先生が話していた通り魔事件の内容を思い出しながら私は歩いていた。
現場は旭町の駅の東口から歩いて線路沿いの道で起こった。私の家はその反対方面を歩いたところにある。
たしかに現場は辺りが暗い工業団地で夜になると人通りが少なくなる。同じ旭町に住む私も普段は通らないが、よく知ってる道ではあった。
昨日に出会した不審者の特徴を思い浮かべた。ーー若い男。深く被った黒い帽子。細身。通り魔事件の犯人とは一致しない特徴。
それが心の中でずっと引っかかっていた。
現在は16時半。秋雲が浮いていて、寒そうな夕焼けの空だ。辺りもまだ明るく、何人か通り人とすれ違った。
ふと、すれ違うときに誰かに突然刺されたらどうしよう、と嫌な妄想をする。急に体全体が震えて、怖くなってきた。
悪い想像をすればするほど、それが現実に起こりそうな気がして気分が悪くなる。
並木道を歩き、よく人が出入りして車も多く停まっているコンビニを通り過ぎて、住宅街に入る手前。
そこで私は気づいた。気付くのが遅かった。
嫌な予感が当たってしまうことがある。
ふと、後ろの方へ目線を向ける。そこには10メートル離れた先に全身黒色の服を着た男が近づいていた。
敏感になって自意識過剰になっていただけだと思ったが、駅からずっと同じ道を歩いている気がした。
まさか、ついてきてる?、と思った。あまり後ろを振り返ってちらちら見ることは出来ないが、後ろを追われているような気がした。
よく見ると、先日会った男の風貌に似ている気がした。顔はよく見えないが、黒色の帽子を被っていて、細身で…。
「…どうしよう」
1人きりなのに声に出してつぶやいた。
まさか、昨日の男なのか。ここから先は住宅街。家まではあと10分程歩かないといけない距離だ。
だけど、すぐ近くにコンビニがある。そこに逃げた方がいいのではないか。
真っ直ぐ道の先を歩けば家に着くが、私は咄嗟に方向転換し、コンビニへと走って向かった。
昨日の男だとしたらこのまま家の所在を知られても困るし、とにかくどこか人気がある建物に入った方が安全であると思った。
走ってコンビニに入り、雑誌コーナーに向かう。そこから本を読むふりをして外の窓の景色を確認した。
男は喫煙所辺りまで近づき、携帯を取り出して画面を見ている。駐車場に停まっている車の間から見えるその姿をじっと観察した。
やはり、昨日の男だ。なんとなく、顔を覚えている。背の高さも同じくらい。靴は白で灰色のラインとブランドマークが入った運動靴。昨日も履いていた気がする。
今日はマスクをつけて顔がハッキリ見えないが、雰囲気もすべて同じだった。
どうしよう、このままコンビニにいた方が良いがこのままずっとここで居座るわけには行かない。
あの男が帰ったらコンビニから出ようと思うが、男がいつそこから離れるか分からなかった。
勘違いかもしれない、だけどあの男が怖い。
監視されているような気がしてならない。
私は携帯を取り出し、誰かに助けを求めようとしたが、動かしていた指を止めた。
連絡先の選択画面で静止する。
いったい、誰に助けを求めたらいいのだろう。まず、母の携帯番号の情報を探し出したが…。
ーーお母さん。いや、だめだ、お母さんにこんなことで頼るなんて。そもそも、《あの事件》以来、一回も目を見て話したことがないのだから。
あの事件。
もう思い出したくもないつらい過去が、私にはあった。
あれから母親と良い関係が保てていない。お互いに連絡をすることもなく、ただ何も会話もせずに同じ家に住んでいるだけの親子関係。
私は大きくため息をついた。
じゃあ、いったい誰に連絡したらいいのだろう。携帯の画面と睨めっこを続ける。私には頼れる友達もいない。
次の瞬間、持っていた携帯が震えた。心臓も震えるほど驚いた。普段から鳴ることのない携帯が目を覚ました。
そこにはーー清宮先輩の名前の文字。
今日の朝、登録をしたばかりの名前。
だけどよく知っている名前。今でもその名前が自分の携帯に映るなんて考えられなかった。だけど確実に先輩から着信がかかっていた。
安心して、泣きそうになるのを堪える。
誰でもよかった。
今、誰かから連絡が来たことへの奇跡に感謝をしたくなる。
外にいる男の方を一瞥すると、男ははっきりとこっちを見ているような気がした。
もう、今、救ってくれるのはこの人しかいないと思えた。震える携帯を耳に当てて、助けの声を求めた。
「清宮…先輩ですか?」
「莉子ちゃん、繋がった。今どこにいる?教室探しに行ったけど、莉子ちゃんいなかった」
優しい声だった。そして、少しからかったような笑う声が聞こえた。
「先輩、…助けてください。私、今誰かに追われてます。もしかしたら、昨日の男かもしれないです」
私は外にいる男を見ながら、震える声で懸命に伝えた。